『猫』





「飛影、疲れてるようだな。ならこれを飲め。俺が開発した栄養ドリンクだ。よく効くぞ。」

鈴木は怪しげな液体の入った小瓶を飛影に突き出した。

「少し眠くなるが、目覚めたら数倍元気になる。他の奴らにも結構好評だ。
 2本やるから一度試してみろ。あ、それからその薬は妖怪用だからな。」
「フン、貴様の薬など誰が飲むか。」

そう言ったものの、確かに最近疲れが貯まっている。明日はに逢う予定だ。
疲れた顔を見せると余計な心配をするだろう。
まさか毒など入ってないだろうし、騙されたと思って飲んでみる事にした。
飲んで一時間後、急激に眠気が襲い、そのまま眠ってしまった。目が覚めると
確かに鈴木が言っていたように、疲れがスッキリ取れていた。
飛影は元気な身体で人間界のに会いに行った。


飛影はに逢ったが、彼女は疲れている様子。

「この前から徹夜続きで寝不足なの。」
「なら、今日は帰ってゆっくり休め。俺は用事があるから蔵馬の所へ行く。」
「うん、そうする。」
「あ、そうだ。この栄養ドリンクを飲むといい。鈴木の開発した薬で俺もきのう飲んだが、
 とてもよく効いた。騙されたと思って飲んでみろ。」
「うん、ありがとう。じゃ、また明日。」

飛影とはその場で別れた。

飛影が蔵馬の家に行くと、鈴木が来ていた。

「鈴木、きのうの栄養ドリンクはよく効いた。」
「俺の自信作だからな。残りの1本がなくなったら、取りに来るといい。」
「あれは、にやった。とても疲れているようだったからな。」
「・・・エッ・・・?!」
「何だ?文句があるのか?」
「・・・あ・・・いや・・・。」

飛影にギロリと睨まれた鈴木は、青ざめた顔で部屋を出ていった。

「あのドリンクは妖怪用だと言っておいたのに、飛影の奴、聞いてなかったんだな。
 しかし、今それを言うとアイツ怒って何をされるかわからない。取りあえず
 所へ行ってみよう。」

鈴木とは顔見知りであった。彼が家に行くと、快く部屋にあげてくれた。
の部屋にはいると、テーブルの上に空になった小瓶を見つけた。

「これを飲んだのか?」
「うん、たった今。飛影が疲れによく効くって言ってたから。鈴木さんが作ったんでしょ?」

鈴木は事情を話した。このドリンクは妖怪用で、人間が飲むと副作用が出ると。

「副作用って?」
「一時的だが、猫になる。」
「猫?!」
「ああ。丸一日経つと効果はなくなるんだが。」
「・・・そう。一日で治るんならいいわ。こんな経験・・・滅多にないもの・・・。」

ドリンクの効果が効いてきて、は眠ってしまった。鈴木はベッドに寝かせ部屋を出ていった。

翌日、飛影がの部屋にやってきた。だが、居るはずのの姿がない。かわりにベッドから
ミャーミャー鳴く声が聞こえてきた。掛け布団をめくると、の脱ぎ捨てた服と、子猫が一匹
そこにいた。

「アイツ、いつから猫を飼っていたんだ?」

子猫は飛影の姿を見ると、嬉しそうに飛びついてきた。動物はあまり好きではなかったが、
飼っている猫を無下にするわけにもいかず、仕方なく抱き上げた。
買い物にでも行ったのだろうと、そのまま待つ事にした。しかし、1時間経っても2時間経っても
帰っては来ない。時間にルーズな方ではない。

「何かあったのか?」

飛影は不安になってきた。額の布を取り、邪眼で探してみたが彼女の姿は見えなかった。
邪眼は”千里眼”と言われるが、実際に千里先の物が見えるものではない。特に人間界では
人間が元々持つ霊気が邪魔をするため、邪眼の効果も半減する。

「邪眼が効かない程遠い所にいるのか?」

”出張”というもののために、時々遠くに行く時があると聞いている。しかしそれなら
言うはずである。もしかしたら、雪菜の時のように結界に閉じこめられてしまったのか。
飛影の不安は益々大きくなり、後悔に変わっていった。

「きのう蔵馬の所へ行かず、アイツの側に居ればこんな事にならなかったかもしれない。」

飛影のつぶやきを受け止めるように、子猫がミャーミャー鳴いていた。

「おまえも不安なのか?」
「ミャー」
「そうか。探しに行くか?」
「ミャー」

飛影は不安に駆られ、子猫を抱いたままを探しに出かけた。
邪眼が届く範囲にはいない。それでも、居てもたってもいられず、町の中を歩き回った。
当てがあるわけではない。飛影は普段のの行動を殆ど知らなかった。
どんな友人がいて、どんな店に行き、どんな事をしているのか・・・。

「俺は・・・アイツの事を何も知らないのかもしれん。」

ただ、自分に向けられる笑顔と暖かさ、それだけで、の事を全部理解してるように
思っていた。しかし、自分は何一つ彼女の事を知らない事に気づき愕然とした。

・・・すまん。」

飛影は胸に抱いている子猫をまるでにするかのように、ギュッと抱きしめた。

子猫になったは、そんな飛影が可愛そうに思えたが、ちょっと嬉しかった。
日頃、は飛影の気持ちに不安を持っていたのだ。魔界と人間界に居て、頻繁に
会える訳ではない。会えない時、彼はどうしてるのだろうか、いつも気になって、
顔見知りの飛影の仲間に近況を聞いたりしていた。好きな人の事だから、それくらい
当たり前だとも思っていた。しかし、飛影は会えないときのの事など、全く
気になっていない様子だった。もしかしたらが飛影を思っている程には、
飛影がの事を思ってくれていないのでは?と考えたりもしていたから、飛影の行動
が、とても嬉しかったのだ。

日が暮れ、飛影は一度の部屋に戻る事にした。帰っているかもと思ったが、
期待はやはり裏切られた。飛影は子猫を抱いたまま、背を丸くして部屋の隅に座った。
疲れからか、飛影はそのままウトウトしていた。どれ位時間が経ったのだろうか。
飛影は何かの気配を感じて目を覚ますと、驚きの声を上げた。

!!!」

胸に抱いていた子猫が、一瞬でに変わったのだ。突然の事で、飛影の思考は暫く
停止していたが、が服を着ていないのに気づき、顔を赤らめ、慌てて毛布を掛けてやった。
は薬の副作用の事を話した。

「鈴木の奴、よくもそんな薬を!!!」
「鈴木さんは飛影に妖怪用だと言ったって、言ってたわよ。」
「あ・・・そういえば・・・。」

そんな事を言っていたような気がする。と、すれば全部自分の不注意だ。

「すまない。」

飛影はに頭を下げた。彼がこんな事をするなんて初めての事だった。

「いいのよ、飛影。」
・・・」
「私、飛影が心配してくれて嬉しかったの。」

自分の独り言が子猫になっていたに聞かれていたのに気づき、飛影は恥ずかしくなり、
照れ隠しのためにを抱きしめ、耳元で囁いた。

「これからは、の事をもっと知るように努力するからな」と。






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