『 絆 〜拳(こぶし)〜 』




飛影は自分の手を眺めていた。

この手は何匹もの妖怪を死に至らしめた穢れた手。

この手で触れるものは全て汚してしまうかもしれない。

この手には優しさなど無縁な手だ。こんな手など・・・・。

そう思いながら堅く握った拳を見つめいていた。



人間界にいた頃、飛影には好きな女がいた。しかし魔界へ帰る道を選択した。

彼女が身籠もっていたのも知らずに。その事を知った時には既に彼女は他界

していて、彼は愕然とした。遺された子は男の子で、人間界で元気に暮らし、

飛影も時々自分の息子である少年の様子を見に行ったりしていた。

少年は飛影の事を本当の父のように慕っていた。事実本当の父親であったが、

人間界で普通に生きている少年に、父親は妖怪だなどと知る必要もない、いや、

知らない方がいいと判断して何も言わなかった。



少年は日々成長して、もうじき飛影の背に届きそうなほどである。そして最近、

空手を習い始めたという。型試合だと各々の流派にのっとり覚えればいいのだが、

組手試合となるとちょっと違う。教えられてた通りでは強くはなれない。

「強くなりたい!」

息子の強い意志を汲んで飛影は彼の稽古に付き合った。

稽古といっても妖怪の修行とは違う。決められてルールに従わなければならない。

勿論妖力などもってのほか。飛影は基本的な動きを徹底的に教えることにした。



少年は呑み込みが早く、飛影の言う事をどんどん吸収していく。



   さすがは俺の子だ。



飛影は誰かに自慢したくてたまらず、黄泉の見せた親バカ振りが今になってようやく

理解が出来た。



「今日はもう止めた方がいい。」

あちこちアザを作り、泥だらけになりながらも一生懸命稽古をしている息子を心配して

声を掛けた。



「もう少し、やりたい。」

「だが、怪我をしている。早く消毒をしておかねば。」
 -----半分は人間の血が流れている。妖怪ほど身体は頑丈ではないだろうから。

「大丈夫!痛くなんかナイ!!」
 -----強情さも俺に似たのか。



苦笑いしながら、もう暫く稽古に付き合う事にした。

空が赤く染まり始めた頃、納得出来たのか、ようやく少年は稽古をやめた。



「ありがとう!」

夕日に染まった笑顔はキラキラしていた。

「また今度、教えてくれる?」

「あぁ・・。」



自分の背丈とあまり変わらない息子の頭を思わず撫でると、髪の柔らかい感触が飛影の

手に伝わり、それまでの穢れが一気に浄化されたように思えた。少年もそれがご褒美

の様にニコニコしていた。



手を振りながら帰っていく息子の姿が見えなくなると、飛影は拳を握って自分の手を 改めて眺めた。



----こんな手でも必要とする者がいるとはな。



飛影は小さく笑い、魔界へと帰って行った。






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