『夕 日』





「温泉に行きたいなぁ。」

  ここ最近、あいつは会えばいつもそう言っている。

  テレビの旅番組で時々見るが、たかが大きな風呂の何処がいいんだ?

  だが、たまにはあいつの喜ぶ事をしてやってもいいか。

  人間界の連休とやらに、温泉へ連れてってやろうか。


飛影は心の中で考えていた。しかし・・・・



「ねぇ、飛影。今度の連休に幽助君達が温泉に行こうって。宿も予約してるんだって。」

「!!!!」

「飛影も勿論行くよね?」

「どうして俺があいつらと行かねばならんのだ。」

「イヤ・・・なの?」

「・・・・・・・」

「一緒に行こうよ。」


は小首を傾げて上目遣いで「お願い!」と付け足した。

飛影は彼女のこのポーズに至って弱く、仕方なしに「しょうがない」と返事をした。




休みの当日、飛影とが駅に着くと、幽助・桑原・蔵馬・蛍子・雪菜の5人が待っていた。

ぼたんも誘ったらしいが、霊界の仕事が忙しく来られなかった。ぼたんの仕事が忙しいのは

あまりお目出度い事ではなかったが・・・・



列車は指定席の二人がけのロマンスシートで、奇数のため一人余る事になる。

公平に7人でジャンケンをして、席を決めた結果、幽助と桑原、蛍子と雪菜、

蔵馬と、そして飛影が一人で座る事になった。

雪菜と座りたかった桑原は、がっくりしていた。

飛影は飛影で態度には出さなかったが、蔵馬とが一緒に座るのにヤキモキしていた。

何故なら蔵馬は事あるごとにに優しく接していたからだ。実の所、蔵馬は特別優しく

していた訳ではなく誰に対しても同じ態度だったのだが、飛影は他の人間など眼中に

なかったため勝手に勘違いをしていただけであった。




「あいつら、あんなに楽しそうにしやがって・・・」

後ろの方に座った飛影は、鋭い目つきで二人を監視していた。

も一人で座っている飛影が気になったので、時々後ろの様子を伺ったが、そういう時に

限って、飛影は窓の外を見ていたり、目を瞑っていたりしてそんなに気づかなかった。

長い時間列車に揺られ目的の駅に着いた時、飛影の苛立ちは爆発寸前だった。





「エエーー!嘘だろ!!」

列車から降り、バス停の時刻表を見て幽助は叫んだ。幽助が事前に調べていた運行時間が

変更になっていた。しかも、最終バスは出た後・・・。タクシーもない・・・。


「まだ夕方だって言うのによぉ。」

「田舎の方は何でも早く終わるから・・・」

「しゃーねーな。電話して宿の人に迎えに来てもらおうか。」


しかし・・・携帯は圏外。無人駅には公衆電話さえない。


7人は大きな溜息をついた。


「幽助、ここから宿までどの位かかるの?」

「んー、地図で見ると、ほんの一時間てとこだな。」

「イ、1時間?!!信じられないーーー!」


「ここで文句を言っててもしょうがない。日が落ちる前に出発しなきゃ。ね、蛍子ちゃん。」

蔵馬は蛍子をなだめてから、の鞄を持って歩き始めた。

「鞄くらい自分で持ちます。」

「一時間も重い鞄を持ってたら歩けなくなるよ。」

蔵馬のそういう気遣いが飛影を益々イライラさせたのであった。



少し行くと、道が二つに分かれていた。

「えーっと、地図によると両方宿に行けるみたいだな。左は近道だがかなり急みたいだぜ。

 女の子の足だとちょっとキツイから、右へ進もうか。」

皆が幽助の案に同意したが、捻くれ者の飛影だけは左へ行くと言い出した。

「フン、タラタラお前らと歩いてられるか。」




「飛影さん、大丈夫でしょうか?」

雪菜が心配そうに言ったが、

「雪菜さん、あんな奴放って置いても死にゃぁしませんって。」

と桑原が答えた。

勿論、飛影なら大丈夫なはずだ。他の者も納得して右方向へ歩き出しのだが、

一人納得のいかないは踵を返して、左の道へと走り出した。

「ごめんなさい!やっぱり心配だから飛影について行くわ!」

「あっ!さん・・・!」

「大丈夫だよ、蛍子。飛影の奴が一緒なんだから。」





「待ってぇ〜飛影!!」


は息を切らせながら、やっとの事で飛影に追いついた。


「何だ、おまえ?どうしてこっちに来た。」

「だって、飛影一人にしておけないから・・・。」


その言葉を聞いて、彼は内心ニヤリとしたが、すぐにそれは後悔となった。

想像以上に道が険しかったのだ。

勿論、飛影一人ならどうと言う事もないが、が一緒だ。

抱き抱えて進むには足場が悪すぎる。といって、このまま引き返せば夜になりかえって危険だ。


  
  こいつがこっちの道に来たのも俺の馬鹿な意地のせいだ。



飛影は自分の取った軽率な行動を悔やんだ。




「私・・・足手まといになってるね・・・」

ポソッと言った言葉が飛影には堪える。



ゆっくり確実な足場を探しながら、二人は進んだ。ようやく山の頂上らしき所までたどり着き

宿までもう少し、ホッとした時、は足を滑らせた。


「キャッ!」

ーー!!!」


飛影が手を伸ばしたが間に合わず、2、3メートル坂を転がった所でようやく飛影が抱き留めた。

その向こう側は崖になっていた。



怪我は大したことなかったが、崖に落ちかけた恐怖で身体がガクガクして歩けそうにもない。

陽も傾き、気温も下がり始めた。生憎着替えが入った鞄は蔵馬が持っていったため、

他に着せる物もない。



「このままだとマズイな。」



飛影は辺りを見回したが、冷たそうな山の湧き水が溜まった池しかない。



「ごめんね、飛影。私が転ばなかったら、今頃暖かい温泉に入れてたのに。」

「お前のせいじゃない。俺が勝手な事をしなければ、今頃お前も温泉に・・・」



    ン?おんせん・・・?



「そうだ!ここで待ってろ!」


自分の黒い上着をに着せ、飛影は湧き水の池へと向かうと冷たい水に肘まで腕を漬け、

妖力を集中させた。その後、へたり込んでいるを黙って抱き上げ、池に連れてきた。

池の上は暖かそうな蒸気が立ちこめていた。




「どうしたの?これ?」

「簡単な事だ。妖力で沸かしただけだ。」



そっけなく言ったが、池ごと暖めるなんて容易でないのは彼女にも分かった。



「で、これ・・・どうするの?」

「温泉だ。」

「おんせん???」

「このままだと身体が冷え切ってしまう。よく暖めて身体をほぐせば歩けるようになる。」

「誰が入るの?」

に決まってるだろ!」

「エエエエーーーーー!!!」

「何だ?イヤなのか?温泉に行きたいと言ってただろ?」

「イ、イヤじゃないけど・・・見られてたら恥ずかしいし・・・。」

「大丈夫だ。俺は向こうへ行っている。」

「それだと、飛影の身体が冷えちゃう。」

「俺は構わん。」

「・・・じゃぁ・・・じゃぁ・・・一緒に入ろ・・・」

「な・・・!!!」

「だって、一人で裸になるのって恥ずかしいし。」

「し、しかし・・・」

「決まり!飛影、先に入ってて。でも・・・見ないでね。」




嘘だろ・・・と思いつつ飛影は服を脱ぎ、自分で沸かした”温泉”池に入った。

顔から汗が流れてきたのは、身体がぬくもったからではなかった・・ハズ・・




「絶対に見ちゃダメよ!」

と釘をさされ、後ろを向いて眼を固く瞑った。



の服が滑り落ちる音が聞こえ、池に近づく足音が聞こえてきた。



      見るな、見るな、見ちゃダメだ。



理性を総動員させて、固く瞑られた眼を、その上から手でしっかり覆い息を潜めた。



      ・・・チャプン・・・・



水の音がすると後を追うように、小さい波紋が飛影の身体をくすぐった。



「もういいわよ。こっち向いても。」

「え・・・・・・!?」

「飛影の背中見てるだけじゃ淋しいから。」

「だ、だが・・・・」

「大丈夫よ・・・」



に言われ眼から手を外し彼女の方に向き直ったが、眼は固く瞑られたままだった。



「飛影・・・見て・・・」



身体を強張らせながら閉じた目を少しずつ開くと、いつの間にか池の表面は紅葉した落ち葉が

一面に散りばめられていた。



「ね、これだったら見えないでしょ!」



ホッとしたとたん、飛影の身体の力が抜けていった。



「アレ?ひょっとして、期待してた?」

悪戯っぽく笑う彼女。

「フン、くだらん。」

軽く睨みながらも、飛影の口から笑みがこぼれていた。



「綺麗ねぇ〜。みんなも来れば良かったのにね。」

「あんな奴等と一緒に入るなんて許さんからな!」





晩秋の夕日が二人の頬を染めていた。






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このお話は、某方のアイデアを元に作成しました。
ご協力ありがとうございました!



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