『結 界』





「飛影。」
「何だ?躯。」
「煙鬼から要請があった。今からここに行け。」

躯は一枚の地図を飛影に渡した。

「フン、何の仕事だ?」
「何でも煙鬼の親戚の娘の妖力を鍛えて欲しいと言う事らしい。」
「どうして俺がそんな事をしなければならん。」
「嫁入り前の娘を、下心のある男どもに任せる訳にはいかんからな。
 オレが行ければいいのだが、生憎忙しいからな。」
「俺も男だ。信用出来るのか?」
「飛影はそんな事に興味を持っているとは思えんがな?違うか?」
「当たり前だ。女など興味ない。」
「じゃぁ、決まりだ。早速行ってくれ。」
「チッ!」
「仕方ない。魔界の大統領様の命令だからな。」


飛影は気が進まなかったが、命令に逆らう訳にもいかず、地図に書かれてあった
場所へと向かった。そこには、小さな洞窟があり、中には女が一人ポツンと居た。


「キサマが煙鬼の親戚の娘か?」

急に声を掛けられて、女はビクッとした。

「俺は煙鬼の命令で来た、飛影だ。」
「あ・・・、わたし・・・と言います。」

の顔を見た飛影は、少し驚いた。親戚の娘だから、煙鬼に似ているのだろうと
勝手に想像していたのだが、目の前の娘は煙鬼とは似ても似つかず、美しかった。
一瞬、飛影の目は彼女に釘付けになった。だが、彼女は煙鬼の堂々とした態度の
欠片もなく、初めて会った飛影に対して怯えている様子であった。

「フン、何も、取って食おうとしている訳じゃない。怖がる必要はない。」
「・・・はい。すみません・・・。」


飛影の任務は、の妖力を高める事。
は妖力が普通の妖怪よりも低かった。魔界で生きて行くには致命的であったが、
今までは煙鬼一族に守られていたため、何とかなった。しかし、この先、いつ一人で
生きて行かなければならない状態になるやもしれない。それを心配した煙鬼は躯に
の修行を頼んだのだ。


修行の前に、ここで生活していく準備をしなければならない。食料調達の為に狩りを
する事にした。狩りで食料を得るのは、強い者も弱い者も関係なく生きていく上で
当たり前の事である。それくらいは出来るであろうと思っていた飛影だが、
そんな事すら手こずっている様子であった。

「今まで、よくそれで生きてこられたもんだ。」
「一族の人がやってくれていたから。」

   ヤレヤレ・・・お嬢様育ちか・・・

飛影は大きく溜息をついた。

日が暮れ、ようやく食料と水の調達を終えた。が足手まといになっていたからだ。
この様子だと料理も出来ないのだろうと思っていたのだが、以外にも慣れた手つきで
夕食を仕上げた。

「お口に合いますか?」
おそるおそる飛影に問いかけた。まだ飛影の事が少し怖い様子であった。
「あぁ、なかなかいける。」
「本当ですか!!良かった〜!」
さっきまでのビクビクした表情が、一気に明るい笑顔になった。

   笑った顔の方がいい・・・

飛影は不覚にも、そんな事を考えてしまった。

「私、一族の人達の役に立たなくて、せめて料理くらいは上手く作らないとって
 思ってたんです。でも、もう足手まといにはなりたくない。だから、少しでも
 強くなりたいんです。」

気を遣いながらの生活は、辛かっただろう。無理矢理押しつけられた任務として
ではなく、ちゃんと教えてやろうと、飛影は思った。

翌日、早朝から修行が始まった。
は予想を遙かに超えるほど弱かった。まず。攻撃の基本から教え、は毎日身体が
ボロボロになるまで真剣に取り組んだが、何日経っても一向に上達する気配がない。

夜、身体を横たえた瞬間に眠りにつき、朝までピクリともせず熟睡した。余程疲れて
いるのであろう。それでも、食事の用意は必ずがやった。飛影が交替するといっても、
「おいしい」と言ってくれると疲れが吹っ飛ぶからと、譲らなかった。
そんな姿に飛影の心は少し揺れた。それが何なのか、彼自身わからない。ただ、今まで
感じた事のない感情だった。

ある夜、体中傷だらけで眠っているを見て、飛影は考えた。

   こいつには攻撃より、自分を守るための防御系の技を教えてやった方が
   いいかもしれん。

飛影はの布団を掛け直してやり、その隣で座ったまま仮眠をした。熟睡している
を他の妖怪から守るために。

翌日から修行は防御の基本に変わった。こちらの方は、多少であるが進歩があった。
僅かながらだが、防御力は上がってきている。この調子で結界が張れるようになれば
いいのだが、と飛影は考え根気強く指導をした。「他人の事など関係ない」といつも
言っていた彼からは考えられない事であった。飛影は少しずつ変わっているのかも
しれない。

厳しい修行のおかげで、は弱いながらも初めて結界が張れた。妖力を使い果たし
その場に座り込み、飛影の胸にもたれこんだ。

「オイ。あんまり馴れ馴れしくする・・・・な?」
照れ隠しで言ったのだが、はそのまま深い眠りについていた。
「仕方ない。」
を大事な宝物のように抱き上げ、洞窟へと戻っていった。

その夜、飛影は言いようのない寂しさを感じて、の寝顔を見つめていた。
結界が完成すれば、煙鬼一族の元に戻ってしまうだろう。そうなれば、あまり会えなく
なる。その感情が何を意味しているのか、飛影はまだ分からないままであった。

翌朝、汗をかいたまま眠ってしまったは水浴びのために、一人で川へ行った。
手早く水浴びを終わらせ洞窟へ戻ろうとした時、一匹の妖怪が襲ってきた。
妖力を集中させ何とか結界を張ったが、まだ威力が弱く、ほどなく結界が破られた。

「キャーーーーーーーッ!!!」

妖怪の鋭い爪が喉に突き立てられ、は死を覚悟して目を瞑った。が、それ以上
何も起こらなかった。恐る恐る目を開くと、飛影が血の付いた剣を持って立っていた。

「飛影!!!」

は飛影の胸にしがみつき、泣き続けた。
そんな彼女を飛影は優しく抱き留めた。

「怖かっただろう。」
「ううん。怖かったけど、それだけじゃないの。私、自分が情けなくって。あんな弱い
 結界しか出来ない自分が情けなくって。」
「そんな事はない。」
「だって、だって、あんなに飛影に教えて貰ったのに、弱いままだなんて・・・。
 私、全然変わってない!!」
「おまえは前より強くなった。それは本当だ。しかし、変わる必要はない。」
「え・・・?」
は変わらず、今のままでいて欲しい。」
「でも、今のままだと、皆に迷惑をかける・・・。」
「なら・・・」
「・・・・?」

飛影はを抱きしめた。

「なら・・・俺が一族に変わって、ずっと守ってやる。」
「え?」
「いいな?」
「・・・はい・・・。」


は一族の元には戻らず、飛影と暮らし魔界パトロールを手伝う事にした。
煙鬼はその報告を笑顔で聞いた。煙鬼の本当の目的は、弱いをずっと守ってくれる
パートナーを見つける事だったからだ。





おわり







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