眠 り



町はクリスマス一色に彩られ、友人達は今夜のクリスマスイブを恋人と

過ごすため、仕事を終えるとサッサと職場を出ていった。は大きく

溜息をつき、浮かれているクリスマスの町を、一人寂しく家路についた。

一人暮らしの部屋では、小さなツリーが家の主を迎えてくれた。



  やっぱり、来てくれないんだろうなぁ。



魔界にクリスマスの習慣がない事くらいよく知っていた。だから、

恋人である魔界の妖怪・飛影がクリスマスに来てくれなくても不思議ではない。

例えそんな習慣がなくとも、約束さえ出来れば二人で過ごせたのだろうが、

飛影は忙しいのか、ここ最近人間界に姿を現さない。こちらから連絡を取る手段は

なく、は諦めるしかなかった。は3日前に買っていた赤ワインを取り出すと

一人寂しく飲み始めた。空腹だったためか、ボトル半分位飲み終えた頃、

そのままウトウト眠ってしまった。



、起きろ!」


揺り起こされ、は目を覚ました。声の主は飛影だった。


「飛影・・・?来てくれたの?!」


寝ぼけただったが、飛影の言葉で酔いも眠気もいっぺんに覚めた。



「今から魔界へ連れて行ってやる。」

「まかい・・・?」



以前、魔界へ行ってみたいと言った事がある。しかし、魔界の気に触れるだけで普通の

人間は死に至ると言われ、諦めていた。それが、どうやって・・・?

疑問符がついたままのに飛影は2粒の錠剤を突き出した。



「最近開発された魔界の気を体内で浄化出来る薬だ。有効時間は短いがな。これを飲め。」



飲めと突然言われても、ハイそうですかと簡単に飲めるような代物ではない。は暫く

薬を見つめていた。



「どうした?飲むのか?飲まないのか?」



飛影が苛立っているのを感じ、は薬を飲み込んだ。口中に苦みが広がった時、彼女の

意識が遠のいていった。



目を覚ますと、は飛影の腕に抱き上げられていた。所謂お姫様抱っこという体勢で、

さすがに恥ずかしかったので下へ降りようとしたが、飛影がそれを許さなかった。



「ここは魔界だ。例え法で規制されていても、人間を狙う妖怪はごまんといる。だから

 お前をここで離す訳にはいかない。いいな。」



有無をも言わせぬ飛影の言葉に、頷くしかなかい。は飛影の腕の中で辺りを見回した。

モミの木似た木・・魔界では何という名かは分からないが、森のように広がりうっすら雪が

積もっていた。魔界の景色なんて聞いた事もなかったが、もっとおどろおどろしい所だと

勝手に思鋳込んでいた。しかし、目の前に広がっているこの森はとても美しかった。



   それにしても、何故ここへ連れてきたのかしら?



聞いてみようと飛影の顔を見上げた時、「もうすぐだ」と呟き顎で森をさした。

木の枝の先端が、一つまた一つ順番に光り輝き始めた。魔界でも珍しい木で、年に一度、

決まった時間にほんの10分程の間に新芽が出ててきて、その新芽がこのように光り輝いて

いるのだと、飛影は静かに話してくれた。あっという間に森は光り輝き、まるでクリスマスの

イルミネーションで、森中が飾り立てられているような錯覚に包まれた。



「これをに見せたかった。」



を見つめる飛影の瞳は、とても優しかった。

彼の腕に抱かれ、幻想的な光に包まれ、は心の底から幸せに感じた。



「このまま、ずっと飛影と一緒にいたい・・・。」



無理な事だとは分かっていても、つい口から出てしまう。今度いつ会えるのか、そんな事ばかり

考えて過ごすのはイヤ・・・。いつも寂しさに耐えている、の数少ない我が儘だ。

飛影は何も答えられず、目をそらした。光が一つまた一つ順番に消えていった。



「もう帰る時間だ。」



最後の光が消えた時、飛影はぼつりと呟いた。

辺りは静寂さに包まれた。しかし、それをうち破るようには泣き出した。



「イヤ、イヤ!!絶対に帰らない!!このまま魔界で飛影と一緒にいたいの!!」

「もうすぐ薬の効果が消える。そうなれば・・・」

「それでもいい!飛影と一緒にいられるなら、どうなってもいいから・・お願い・・・」



泣きじゃくりながら飛影の胸を叩き、帰るまいと抵抗するの瞳から涙がポロポロ溢れ出す。

飛影自身もと離れたくはなかった。しかし、人間と妖怪、仕方がない事である。

飛影は泣きじゃくっているの口を彼の唇で覆おうとしたが、黙らせる手段だと思い、

必死に抵抗した。それでも飛影は優しく深く唇を重ねた。暫くして、は又意識を失った。



「すまない。」



飛影はこっそり眠り薬を口に含んでいた。









が目を覚ますと、布団の中で見慣れた天井が目に入った。



   あれ?自分の部屋・・・私一体どうしたんだろう?あれは夢?



テーブルには夕べ飲んでいたワインのボトルが、そのままの状態で置いてあった。



   飲み過ぎで酔いつぶれて、そのまま寝ちゃったのかな。



苦笑いしながら寝そべった状態でいたが、枕元に黒い物体があるのを感じた。

子供の頃ならサンタさんが枕元にプレゼントを置いてくれてたんだけど、などとボンヤリ

思いながら首を向けると、飛影が丸まって眠っていた。慌てて飛び起き、飛影を起こしたが

スースー寝息を立てて起きそうにない。



   よっぽど疲れているのね。



は自分の布団を引き寄せ、飛影にそっと掛けた。



   魔界へ行ったのは、現実だったのかしら・・・?それとも夢だったの・・?



飛影の寝顔をのぞき込んだ。いつもの厳しい表情とは違い、あどけない寝顔だった。



   そんなことはどうでもいいわ。今、こうして飛影と一緒にいられるから。



は飛影の髪を優しく撫でながら、小さな声で呟いた。



「Merry X'mas ♪」







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