Merry X'mas 4 (作者・みなわ) ナイトスキーの照明も、さすがにこの時間になると落とされる。 ホテルを囲むように生えた、背の高い針葉樹の樹上で、飛影は月の光を浴びて、 たたずんでいた。 ついさっきまで煮えたぎっていた胸の内は、蔵馬の苦笑を見て萎えた。 飛影は、いま駆けてきた白い山肌に視線を移した。 真っ白な世界に、風に煽られ雪煙が舞っている。 どこかに似ている、飛影は、そう思った。 誘われるように、飛影は山頂に向かった。 目の前には、何ものにも犯しがたい静寂があり、背後には、建物と、それを取り囲む 木々全体に装飾が施され、小さな電球がチカチカと光を放つ夢の世界、飛影が思い 描いた場所とは、あまりにかけ離れた場所があった。 いつの間にか、月が雲に隠れ、ちらちらと白い雪が舞い始めた。 飛影は、空を見上げた。 あたかも、その場所に、母を埋めた天空の国が存在しているような錯覚を覚えた。 飛影は、両手を差し出し、雪を手のひらに受けた。 母からの贈り物のようだった。 雪は、瞬く間に溶けて消えた。 俺は、今まで一度も、あいつに贈り物などしなかった………。 飛影はぽつりと呟いた。 「」 飛影がつかの間の感傷に浸っていた間、ホテルの部屋の中では、とんでもないことが 起こっていた。 パニックに陥ったが、蔵馬の横をすり抜けて、外へ飛び出していったのだ。 一瞬、後を追おうとした蔵馬は、にやりと笑って、見送った。 どうせ、外で飛影が待っていて、と痴話げんかをやった後、仲良く刺激的な一夜 を過ごすのだと、思ったからだ。 蔵馬を振りきって飛び出したは、ホテルのスキーヤー専用出入り口から、外へ 出ていった。 非常識だと思ったが、心のどこかで、誰かの呼び声が聞こえたのだ。 ひどくさびしく、とても切ない声だった。 今行くから! は、足首まで雪に埋まりながら、雪にゲレンデに出ていった。雪はますます激しく なり、やがては方向を失った。 ベッドの上で、一人うつらうつらとしていた蔵馬は、 「はどうした?」 と言う、飛影の冷たい声に、飛び起きた。 「一緒じゃないんですか?」 「バカか?見れば分かるだろう」 「いけない!探さなきゃ。飛び出していったんですよ、少し脅しが効きすぎたもん で」 「ふん、ふざけやがって!俺が探す」 「それは・・・得意分野ですよね」 飛影は、邪眼を開けるまでもなく、気配だけでの居場所を察した。 出ていこうとドアに手をかけた飛影は、立ち止まって一瞬躊躇してから、引き返し てきた。 「…………」 「どうしたんですか?何か俺に頼みでも?」 「……お、おまえ、何か出せるか?」 「何かって?」 「えーっと、その、は…」 「聞こえませんよ、はっきり言ってください。飛影」 「花だ!寒くても枯れない花を出せるか?」 「手品師じゃないんですから、出せません。種から、咲かせることはできますが」 からかいすぎると、後が大変だ。適当にあしらってから、蔵馬は、笑いをこらえ て、ホテルのコップに、花の苗を入れた。 「咲いてないぞ!」 たった一輪、つぼみを付けた、花の苗をにらみつけて、飛影言った。 「いいんです、これで。これはスノードロップと言って、寒さに負けず、雪の中から 咲く花です。それじゃあ頑張って!」 何を頑張るんだ?!ととんちんかんな捨てぜりふを残して、飛影は部屋を後にした。 世界の全てが真っ白だった。 飛影の故郷、氷河の国も、こんなだろうかとは考えていた。 寒さは、手足の感覚を奪っていく。私は、このまま死ぬのかも知れな、そう思ったとき、 温かな手で抱き上げられた。 なつかしい匂いのする胸に、は顔を埋めた。 「無茶をするな!」 小さな声で、飛影が叱った。飛影が、妖気で、温めてくれているのが分かった。 「ごめんね」 は、そう言うと、飛影の肩に手を回した。 飛影は、を抱いたまま、山頂へ登った。さっき見た景色を、彼女に見せてやり たいと思ったからだ。 山頂は、吹雪に包まれ、の目では、何も見ることができなかった。けれども、 この場所で飛影が何を見たのか、には見えていた。 「氷河の国に似ているの?」 「いいや、似ていない」 「氷河の国は、もっと、ずっと寒いのね?」 「それもあるが………おまえがいないのだ、あの場所には」 は、そっと手をさしのべ、吹き付ける雪を手に受け止めた。 「手紙のようね、お母さんからの」 「……?」 「何を伝えたいのかしら?」 まるで涙のように、落ちては溶ける雪を、二人はじっと見つめていた。 「きっと、飛影に幸せになってもらいたいのよ」 が、小さな声で言った。 「大きなお世話だ」 飛影はそういって顔を背けた。手紙には返事を出すものだ、飛影はそう思った。俺 に、どうやって返事を書けと言うのだ? 「ありがとう、飛影。私をここへ連れてきてくれて」 この場所を、飛影は私と分かち合いたかったのだ。母を思い出す、この静寂を。 礼を言われて、困ったような顔で、飛影は懐を探った。 「これをやる」 「?」 「お、おまえは、知らないだろうが、雪の中からでも咲く花だぞ」 は、コップを受け取った。二人の手が触れ合ったその時、つぼみが花開き、あ たりに芳香が漂った。 は心の中で『スノードロップ』とつぶやき、 「ありがとう」 と、もう一度、声に出して言った。 どれほどの時間が過ぎただろうか。いつの間にか、吹雪が止んでいた。 空に、溢れる星が瞬いていた。 12月25日、午前0時を知らせる鐘の音が、白い世界に流れた。 は、ゆっくりと飛影の頬に唇を寄せた。飛影の耳朶に、彼女の冷たい唇が触れ、 優しい声がそっとささやいた。 「メリー・クリスマス」 **END** topへ |