新婚さんのバレンタイン 4  (作・紫月さん)




「あれ?どうしたんですか?」

・・・おかしな事を言う奴だ。
「どうって・・今日は大阪へ出張だろう?」
「え?でも・・[出]マークありませんよ?それに[休]ってなってるし・・。」
同僚が指差した壁のシフト表を振り返り、飛影は絶句した。
見間違え・・たのか?いや、そんな筈ない。
確かに、ここの所に、出張マークはあった。
忌まわしいその印を見たとき、オレはまさにこの世の終わりとも言うべくどん底を味わったんだ、
間違えるわけがない。
それでも仕事だから仕方がない・・そう自分に言い聞かせるのにどれだけ苦労したことか。
もちろん、恥ずかしいからそんな事はおくびにも出さない。
あいつにも「出張なんてよくある事だ。」と言っておいたが・・
それが、それが・・・休みだとぉっ!?
ということは・・今から帰って・・・////。
「・・さん?ひ・・えいさん??」
ハッと我に返ると、さっきの同僚が呆れたようにオレを見ていた。
無意識の内に顔がにやついていたらしい・・。
慌ててわざとらしい咳払いをしてみせたが、時すでに遅し。
ろくにこっちを見ようともせず、
「じゃ・・明日、寝過ごして遅刻しないで・・下さい・・・ね・・ププッ・・。」
などと笑いを押し殺し損ないながら課を出て行った。
「フン、まぁいい。」
・・というか、仕方があるまい。
実際嬉しくてしょうがないんだからな。
こんな時、笑わずにいられる方法があるなら、教えて欲しいものだ・・。

さて、降って沸いたような幸運に、跳ねるようなウキウキした足取りで家へ戻った旦那様でしたが、
何度チャイムを鳴らしても愛する妻は出迎えてはくれません。
「いないのか・・。」
寂しげに呟いて、仕方がないので自分で鍵を開けて入りました。
一人きりで家にいるのも初めてで、手持ち無沙汰になった旦那様は
そこらにあった雑誌へと手を伸ばしました。
しばらく寝転がって見ている内に、ある特集記事の上にピタリと目が留まりました。
「なになに、あなたにも簡単に作れます・・?」
「ほう・・溶かして固めるだけでこうなるのか?」
「・・へぇ・・・なるほどな・・・。」
・・とそれは楽しそうに眺めていた旦那様は、突然すっくと立ち上がり出て行きました。
しばらくして戻って来た旦那様の手には、なんとチョコの手作りキットなる物が・・。
更に数時間後、「誰が作っても同じというのが少々気にいらんがな・・。」
そーっと冷蔵庫の扉を閉め、にっこり笑った旦那様はリビングのソファへ横たわりました。
想像以上の出来栄えにすっかりご満悦なのでしょう。
うつらうつら・・と眠りに落ちながら、「・・うまいか?」。
そんな寝言を言ったとか言わなかったとか・・。





「・・今、なんて?」
「ですから、今夜、そのような方の、ご予約は、入っておりません。」
今度こそちゃんと聞こえるように、理解できるように・・との配慮なんだろう。
やたらと区切って、フロントのお姉さんはそう言った。
そうさせてしまうくらい私は何度も聞き返して、「信じられないー」と食い下がっていた。
最後には責任者らしい人物が「どうかご内密に・・。」なんて、
もったいぶった薄っぺら〜な笑顔で宿泊台帳とやらを差し出した。
そして、しばし沈黙・・・。
どうあがいても、そこに書かれた真実には観念するしかありません。
ない袖は振れない、もとい、いない者はいない・・のでした。

「・・どこ行ったんだろ?」
さんは道頓堀の橋の欄干に頬杖をついて溜息まじりに呟きました。
元々分からない事だらけの旦那様がますます分からなくなり、だんだん腹が立ってきました。
こんな大事な日に、嘘ついてどっか行っちゃうなんてっ!
いいわ、帰って来るまでに家に戻って、鍵とチェーンをかけて・・飛影なんて締め出しよっ!!
それには次の新幹線に乗らなくっちゃ!
慌てて踵を返した拍子に、小脇に抱えていた手提げ袋が宙に舞いました。
「あ!」さんが声にならない悲鳴を上げた時には、
『大好き』の詰まったその袋は容赦なく欄干の向こうへ放射線を描きました。
さんは暫く未練がましく道頓堀の水面を眺めていましたが、
やがて「仕方ないわ・・。」と呟いて、足早に新大阪へと向かうのでした。
その直後――
「「あ゙ぁぁぁぁぁっ!!」」 
・・という悲痛な叫び声を橋の上に残し道頓堀へと飛び込んだ2つの人影が溺れ、
交通警察24時で有名なあの交番のあの巡査に助けられた
・・なんて事は、どうでもいいことだった。






1階の植え込みから自分ちの窓を見上げ、さんは複雑な顔で溜息をついていました。
締め出しちゃおう!そんな気合だけでここまで帰って来たものの、
本当に灯りがついてない黒い窓を見た途端、急に寂しくなったようでした。
思わずへたり込みそうになる足を引きずりながら、家へ入りました。
と、ムニュッ・・何かを踏んづけたような感触に、慌てて灯りをつけました。
「あ・・。」
一旦ペッチャンコになった後、弾力で元に戻ろうと頑張ってるのは旦那様の靴でした。
「帰ってるの?」
思わず上ずる声でそう叫び、さんは靴を脱ぎ捨てて、荷物も放り投げて、
急いでリビングへと飛び込みました。


「遅いっ!!」
「・・・。」
飛影の怒ったような真剣な表情と口調に、さんは思わず息を呑みました。
それからちょっとムッとしたけれど、何も言えなくなりました。
いきなり口を押し開けられ、何かを放り込まれたからです・・・。
「何?・・チョコ?」
「よかった、間に合った。・・日付が変わるとこだったんだぞ?」
さっきとはうって変わって飛影が嬉しそうに笑います。
時計に目をやると、秒針があとひと周りすれば日付が変わるところまで来ていました。

「あ・・りがと・・。
あ!でも、どうしよう?私、チョコ持ってないっ!
違うの、ちゃんと用意したんだけど、落としちゃって・・やだ・・
どうしよう・・終わっちゃうよぉ・・・・」
こんなにうろたえてるのに、飛影ったら意地悪な顔してカウントダウンなんて始めるし・・。

「3・・・・」
  「2・・・・」

あーもうダメ!今日が終わっちゃう!

     ・・・・・・・・・・・・ちゅっ♪
          え!?・・・・・・・・・・・・・






飛影が私にくれたチョコは、最後のカウントで飛影に取り返されてしまったのでした。
これも、一応・・プレゼントしたことになるのかしら・・?


ちなみに翌朝、すっかり寝過ごした旦那様が
遅刻をしたのは言うまでもありませんでした・・・。

・・・・・・Happy Valentine's day!!!  








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