ある夏の出来事 その2  (作・むくむく) 


飛影が目を覚ますと、既に陽は高く昇っていた。
「ちょっと寝過ごしてしまったか。あいつら怒っているだろうが、俺には関係ない。」
独り言を言いながら木から下りていき、別荘の建物に入ったが誰もいないかわりに
テーブルに書き置きがあった。

  起こしても起きねぇから、3人で買い物に行く。ちゃんと掃除していろよ・・・幽助

「チッ!誰が一人で掃除なんか・・・」
文句を言いながら庭に出ていくと、見知らぬ娘が立っていた。
「何か用か?」
いつもの無愛想な顔で飛影が尋ねると、娘はすがるような目でこう言った。
「落とし物を捜しているの。一緒に探してもらえませんか。お願いします。」
「フン、他の奴に頼め。」
「お願いします。大事なものなんです。」
そう言うと娘は、飛影の手を取り無理矢理引っ張って行った。勿論娘の手など簡単に
ふりほどけるのだが、飛影といえども若い男、娘の柔らかな手で包まれると抗う事が
出来なかった。

飛影は別荘の裏手に連れて行かれたが、草むらの中には大きな池があった。
「無理矢理連れてきてごめんなさい。でも、お願いします。一緒に探して」
娘は飛影の手を強く握り直して頼んだ。
「わ、わかった。一緒に探すから、そ、その手をはなせ。」
「あっ・・・!ごめんなさい・・・」
娘がやっと手を離したので、飛影はホッとしたがちょっと顔が赤らんでいた。
「あの・・私はと言いますが・・・あの・・」
「飛影だ。」
「飛影・・さん?」
「”さん”はいらん。飛影でいい。それで、何を探しているんだ?」
「夕日と同じ、オレンジ色の石のペンダントです。」

飛影は娘に見つからないように木の陰に隠れ、額の布を取り邪眼を開いてみた。
しかし、それらしきものは見つからなかった。邪眼といえども、全てが見える訳ではない。
小さい物だから、きっと見えにくいのだろうと思い、諦めて邪眼を布で覆った。
「こんな草むらで見つけるのは無理だ」と言おうとしたが、が草むらにしゃがみ込んで
必死に探してるのを見ると何も言えず、仕方なく一緒に探し始めた。

何時間も二人で探したが、ペンダントは見つからなかった。
突然が「あっ」と言って、飛影の手を取った。
「な、何だ!?」
飛影は焦って手を引っ込めようとしたが、は手を離さなかった。
「血・・・指から血が出てる。きっと草で切ったんだわ。ごめんなさい。怪我させちゃって。」
「こんなもの怪我のうちに入らん。その手を離・・せ・・・」
飛影が言い終わる前に、は飛影の指の切り傷口を自分の唇でそっと覆った。
・・・その唇はとても柔らかかった・・・・

動揺している飛影を気にも留めず、は池の淵の方を探し始めた。
「池にはまるとアブナイぞ」と言う間もなく、はキャッと言って池にはまってしまった!
すぐに飛影に引っ張り上げられたが、全身ずぶ濡れで濡れた服が体の線をハッキリとさせた。
飛影は目のやり場に困りながら
「早く帰って、服を着替えてこい」
と言ったが、どうしてもイヤだと言って聞かなかった。
「チッ、強情な女だ。仕方ない。その服を脱げ。」
「エッ??!!」
真っ赤になったを見て、慌てた飛影は
「か、勘違いするな!」
と、自分の黒い上着をに差し出した。
「この服に着替えて、濡れた服を干しておけばいい。この暑さだ、すぐに乾くだろう。」
「あっ、何だそう言う事か。ちょっとビックリしちゃった。着替えるから見ないでね。」
「誰が見るか!!」
身長は同じくらいのはずなのに、が着ると少しダブッっとしていた。小柄なように
見えても、飛影は男らしい体つきをしているのであろう。飛影は何故かドキっとした。

またもや二人はペンダントを探し始めた。時折吹く風が、の甘い香りを飛影に運んだ。

辺りが夕焼けで染まり始めた頃、は池の中央を指さして叫んだ。
「あそこよ!あそこにペンダントがあるはずよ。」
の指さす方を見ると、オレンジ色の太陽の光が一筋、池の中央に差し込んでいるのが見えた。
「何故、あそこだとわかるんだ?」
「夕焼けの光を呼び込む石なの」
(そんな石、本当にあるのか?)
疑問に思いながらも、飛影は池に飛び込み、夕日の光を辿りながら潜っていくと、確かにオレンジに
輝くペンダントがあった。
「これか?」
池から上がってきた飛影の手には、夕日と同じ色のペンダントがあった。
「これよ!このペンダントよ。これをずっと探していたの。」
はペンダントを受け取らず、くるりと背中を向けて言った。
「つけてくれる・・?」
「何故俺がそんな事をしなければならんのだ・・・」とブツブツ言いながらも、無邪気に喜ぶ
顔を見て、仕方なくペンダントをつけてやった。

「ありがとう、飛影。今まで全然見つからなかったのに。きっと飛影が探してくれるのを待ってたの
かもしれない。本当にありがとう。でも、私、何のお礼も出来ないから・・・」
「礼など・・いら・・ん。」
またしても飛影が言い終わる前に、は飛影の左頬に軽くキスをした。
「お礼の代わりよ!」
ほのかな甘い香りが飛影を大胆にさせたのか、イタズラっぽく笑うを飛影は思わず抱きしめた。
ほんの数秒の事だったが、二人には時が止まっているようだった。不意にが言った。
「私、もう行かなきゃ。暗くなる前に帰らないといけないの。」
は素早く着替え、黒い服を飛影に返し、大きく手を振りながら草むらへと消えていった。



「オイ!飛影!いい加減に起きろよ。もう夕方だぜ。」
桑原のバカ声が木の下から聞こえてきた。目を開けると辺りは夕暮れ時だった。
「お前等、買い物から帰ってきてたのか。」
「買い物だとぉ?何寝ぼけてんだ。俺たちゃぁ、一日掃除しててどっこも行ってねぇぞ。お陰で随分綺麗
 になったぜ。お前こそ、今日、掃除もすっぽかしてずっと寝てたじゃねぇか。寝る子は育つっていうけど、
 お前ぇはチビのままだなぁ。」
いつもなら桑原の毒舌に反応する飛影だが、今は狐につままれたようで何も言い返す事が出来なかった。
部屋にはいると、確かに昨日より数段綺麗になっていた。
「おっ、飛影。やっとお目覚めかぁ?」
「何回起こしても起きなかったんですよ。」
幽助と蔵馬の様子から見ても、嘘をついてるようには見えなかった。
突然、蔵馬が言った。
「あれ?おかしいな。この絵の女の子、今朝見た時はペンダントをしてなかったような気がしたんだけど。」
「蔵馬の思い違いだろう。絵が急に変わるはずねぇからな。」
「そうですね。きっと勘違いですね。」

飛影はそのかなり古い油絵を見て驚いた。
オレンジ色の夕焼けの中に、それと同じ色のペンダントを首にかけてニッコリ微笑んでいる娘・・・・
そう、それはまさにだった。
(まさか・・・あれは・・・あれは夢だった・・・のか? いや、そんな筈はない。)
飛影は確かめるように手の指を見た。確かにあの時草で切った小さな傷口があった。不意にの柔らかな
唇の感触を思い出した。
(!!!!!)
飛影は何も言わず、別荘を飛び出し裏手へ回った。一面の草むらの中央には池が・・・・・・なかった。
呆然とたたずんでいる飛影の後ろから、蔵馬が声をかけた。

「飛影、どうしたんですか?」
「あ、いや、その、ここに池があったはずだが。」
「池ですか?オレは気づきませんでしたけどね。」
「そうか・・・」
「池がどうかしたんですか?」
「いや・・・別に」
「あ、そう言えば昼間、掃除をしている横で近所のお婆さんが昔話をしてくれたのですが、池の事を言って
 ましたね。」
「どんな話だ。」
「昔、この別荘所有の池がこの辺りにあったが、持ち主の娘さんが池の辺りで探して物をしている時、過って
 池に落ちて亡くなった。その後、悲しんだ夫婦は池を埋めてしまった、という話でしたが。」
「・・・・・・・・・・」
「飛影?飛影?」
飛影には蔵馬の声が耳に入って来なかった。

あれはやはり夢だったのか、幻だったのか。
の柔らかな手、甘い香り、指先と頬に残った唇の感触。
どれもみな、現実のはずだ。
何度も自答自問したが、答えはでない。

「おーーい!!蔵馬、飛影!飯が出来たぞ!俺の特製ラーメン、のびちまうから早く来いよー!!」
幽助の甲高い声で、飛影は現実に戻された。蔵馬に促されて別荘に戻る途中、ふと後ろを振り返った。
すっかり陽が落ち、満天の星が煌めく中、オレンジに光った星が流れていった。
・・・・)
飛影は「フッ」と微笑み、別荘へと戻っていった。


ある夏の、不思議な出来事だった。



END