バレンタイン・・・


2学期のある日のこと

「君、転校生?」

「はい。職員室を探してるんだけど、わからなくって。」

「うちの学校、結構広いから、わかりにくいだろ? 職員室はこの階段を上がって右の方だよ。」

「ありがとう」

「俺は南野秀一。よろしく」

「私は・・です。」

ちゃんか。同じクラスになるといいね」

秀一は微笑んで言った。




「3学期になったので、新しい委員を決めようと思います」

クラス委員の海藤の声をぼんやりと聞きながら、は斜め前方を眺めていた。

そこには秀一の後ろ姿があった。

転校の日以来、は秀一の事が好きになってしまった。

かっこよくって、成績抜群、スポーツ万能、面倒見が良く、友人達からの信頼も厚い秀一は

クラスだけでなく、学校中の人気者であった。 当然、学校中の女の子の憧れの的で、

おとなしいは話しかける事も出来ず、そっと見ている事しか出来なかった。




「では、女子の栽培委員はさんでいいですね」

海藤の声では現実に引き戻された。

栽培委員は毎朝、授業が始まる前に植物の世話をする為、普通より早く登校しなければならず、

かなり大変な仕事であった。冬場は草むしり等しなくていいのだが、寒い朝、水やりをするのは

辛いものがあった。の花好きは皆に知られていたので、選ばれてもおかしくはなかったのだが、

半分はいやな仕事を押しつけられたようなものだった。


「男子で立候補する人はいませんか?」

海藤に言われ、手を上げる男子がいた。南野秀一だ。

「オレが栽培委員をやりますよ」

(南野君と同じ委員だ!) の顔がパッと明るくなった。



早起きが苦手なであったが、翌朝から目覚まし時計が鳴る前に起き、早々と学校へ向かった。

この冬一番の冷え込みの朝だったが、秀一と一緒だと心は温かだった。

ある日、秀一が学校へ行くと、が話してるのが聞こえてきた。

ちゃん、今、誰かと話してた?」

「この桜の木に話しかけてたの」

「桜の木に?」

不思議そうに聞き返した秀一を見て、は慌てて言った。

「うゎ、私ったら変な事言ってる!」

「全然、変じゃないよ。どんな話をしていたか、聞かせて欲しいな」

「笑わないでね・・・。 私、桜の花が大好きなの。だから、『今は寒いけど、早く満開の花を

 咲かせてね。楽しみに待ってるから』って言てったの。」

「そう。ちゃんって本当に花が好きなんだね。話しかけられると、花も嬉しいと思うよ。

 何も言わなくても通じるのが理想だけど、言わなきゃわからない事もあるしね。」

そう言って、秀一は微笑んだ。



教室に戻ると、クラスの女の子達が何やら話し込んでいた。

「もうすぐバレンタインでしょ。去年は南野君にあげようとしたんだけど、丁重にお断りされたわ。」

「私もそうよ。話によると、誰からもチョコを受け取らなかったらしいわ。」

「誰か好きな人がいるのかしら? あら、、お仕事ご苦労様。は誰かにチョコあげるの?」

「え?」

が答える前に始業ベルがなり、みんな席についた。


(バレンタイン・・・そういえば、何も考えてなかったな。どうしよう。去年、南野君は誰からも

 受け取らなかったって皆言ってたし・・・)

数学の授業も上の空では考えていたが、さっきの『言わなきゃわからない事もあるしね』という

秀一の言葉を思い出して、決心して思わず声に出してしまった。

「そうよ!言わなきゃわからない事もあるわ!」

君、質問があるなら、後で職員室に来たまえ。」

先生の言葉に、皆が笑った。



バレンタインの贈り物は、やっぱりチョコ。お菓子づくりの得意なは手作りチョコに決めた。

前日、家族が寝静まってから作り始め、出来上がったのは朝方近くになってしまった。

(ダメで元々。あたって砕けろ!委員の仕事の時にこっそり渡せば、誰にもわからないし。)

そう思いながら、眠りについた。



そして・・・

朝、すっかり寝過ごしてしまった。 慌てて鞄とチョコを入れた紙袋を持って、走って学校へ行った。

秀一は水やりを済ませて、片づけをしているところだった。

「ごめんなさーい!!」

鞄と紙袋をその場に置き、後片付けを手伝い終えた時、始業ベルが鳴り二人で慌てて教室へ戻った。


授業中、

(渡せなかった。どーしよう)

と思った瞬間、紙袋がないのに気づいた。

(しまった!!!さっき慌てて置いてきちゃった!)

休み時間に取りに行こうと思ったのだが、そういう時に限って、先生に用事を頼まれたり

友人に「チョコを渡すから付いてきて欲しい」と頼まれたりで、結局放課後まで行けずじまいだった。

その間も、秀一は誰からもチョコを受け取っていないというのを聞いた。



渡すのを諦めたは、放課後ようやく取りに行ったが、あるはずの場所に紙袋はなかった。

冬の寒い時期に、誰も来る事はない裏庭なので、誰かが持って行ったとは考えられなかった。

その辺りを探していると、人影が近づいてきた。

「探し物はこれかな?」

声の主は南野秀一。彼が持っていたのは、まさしくあの紙袋だったが、ボロボロになっていた。

「忘れ物をして取りに来たら、これがカラスにつつかれていたんだ。ちゃんのだと思って、

 カラスを追い払ったけど、ボロボロになってしまって。」

そう言って、紙袋を渡そうとした時、破れた袋からカードが一枚落ちた。

秀一が拾い、カードをチラっと見た。 

大好きな人に、プレゼント用のチョコをカラスにつつかれていたのを見つけられ・・・

それだけなら誰にあげるつもりだったのか分からなかっただろうに・・・

名前が書かれたカードまで見られ・・・

はその場から消え去りたい気持ちで一杯だった。


「これ、オレに・・・?」

「そうじゃなくって・・・そうだけど・・えっと・・あの・・・」

パニック寸前のに秀一は優しく言った。

「ありがとう。喜んで、これもらうよ。」

(優しい南野君だもん。きっと、同情してこんな事言ってるんだ。)

そう思うと、余計に恥ずかしくなってきた。

「ううん、いいの。こんなのあげられないし。同情してくれてるんでしょ?」

「同情?そんなんで言ってるんじゃないよ。本当に嬉しいんだ。」

彼の言葉の意味が呑み込めないに、秀一は言った。

「何も言わなくても通じるのが理想だけど、言わなきゃわからない事もあるって、この前言ったよね。

 オレがどうしてちゃんと同じ委員になったのか、わかる?」

は首を横に振った。

「好きな人と一緒にいたかったからだよ。」

そう言いながら、紙袋の破れ目からチョコを取り出し、口に放り込んだ。

「おいしい・・・・。ホワイトデーまで、とても待てないよ」

と言って、秀一はそっとを抱き寄せた。




*END*


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