桜・・・



「蔵馬、どうしたの?元気ないわね」
「えっ?いや、何でもないよ。」

季節は春。この季節になると、いつも蔵馬は何かを考え込んでいるように見えた。
人間界での役目を終え、魔界に戻ってきた蔵馬は、妖狐族の幼なじみ、○○と
暮らし始めた。結婚をした訳ではなく、人間界で言う同棲のようなものであった。
といっても、戸籍などない魔界では、結婚と同棲の違いは曖昧であったが。
○○はそれに対して何も言わなかった。ただ、今まで寂しい思いをさせた負い目からか
「人間界には戻らない」と蔵馬は約束をした。

幽助が言い出した魔界トーナメントは、あれから何回か開催された。優勝者は入れ替わったが、
煙鬼が公布した「人間界との共存」の趣旨は、ずっと守られてきた。
蔵馬の魔界での仕事は、魔界の規律を守る事。だが、飛影のようにパトロールに出る事はせず、
(文句を言いながら、今も飛影はパトロールをしていた!)本部で監視をする役目であった。


○○、今から本部へ行って来るよ。10日ほど留守にするけど、留守を頼んだよ。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
送り出す○○の額に軽くキスをして、蔵馬は出かけていった。

予定より早く仕事が終わり、蔵馬は家に戻ったが、○○はいなかった。暖炉の火は消え、何日も
留守にしているような感じであった。

「どこかへ出かけているのだろうか?」
蔵馬は考えたが、長期間なら連絡くらいするはずだ。・・・何かあったのだろうか・・・・?
仕事柄、他の妖怪達に怨まれる事もある。それを逆恨みして○○を狙ったのか・・・?
不安な気持ちで、蔵馬は思い当たる場所をさがした。パトロール途中の飛影に聞いてもみた。

「何だ。痴話喧嘩でもしたのか?」
「君と躯じゃあるまいし」
「フン、子供じゃあるまいし、心配せずともすぐに戻ってくるだろう。」
と言って、蔵馬の心配顔をニヤニヤ眺めている飛影にムッとした。

結局、手掛かりは何も見つからなかった。
○○・・・、君に何かあったら、オレは・・・・」
疲れ果てて家に戻ってみると、そこには○○がニコニコして待っていた。

○○!!!今までどこに行っていたんだ!!」
いつもの冷静さを失い、ついつい大きな声になっていた。
「人間界へ・・・」
「人間界・・・??」
ほっとしたと同時に、怒りがわいてきた。
「何故、黙って行ったんだ。心配していたのに。」
「ごめんね。」
そう言って、○○は大事そうに両手で包み持っていたものを、蔵馬に見せた。
「これ、見て。」
「これは・・・・桜?人間界の桜だ。どうしてこれを・・・?」
「だって、春になると蔵馬はいつも元気がなくなるじゃない。何か知ってるかもしれないと
 思って、飛影さんに聞いたの。」
「じゃあ、飛影は君の行き先を知っていたのか?」
飛影のニヤニヤ顔を思い出して、納得した。
○○はこれまでの経緯を話し始めた。


「蔵馬の落ち込む原因だと?桜のせいかもしれんな。人間は何故か桜という花が好きらしい。
 蔵馬の母親も桜が、特に自分の家の桜が大好きだと言うのを聞いた事がある。おそらく
 春になると母親の事を思い出すのだろう。」
「じゃぁ、その桜の花を見せれば、元気でるかしら?」
「蔵馬の家は、魔界に戻る時に処分して、今はもうないはずだ。」
「でも、何か残ってるかもしれないから、人間界へ行ってみます。」


○○は人間界の蔵馬の家があった場所を訪れたが、家はなくなりマンションが建っていた。
勿論、桜の木も撤去されていた。
がっかりしている○○に、人間としては大柄な男に声をかけられた。
「あんた、蔵馬の知り合いか?妖狐の時のあいつによく似た気を持っている。」
自分も蔵馬の知り合いだというその男は、桑原だと名乗った。
少し警戒しながら事情を話すと、山深い寺へ連れて行かれた。
「これだろ?あんたが探していたのは。」
見てみると、薄いピンク色の花が満開の大きな木がそこにあった。
「きれい・・・・」
それ以上口もきけず、ただただ満開の桜に見入っていた。
「この木は蔵馬の家が取り壊される時、業者に頼んでこの寺に移転してもらったものさ。
 あいつがこっちに戻ってきても寂しくないようにと思ってな。」
○○は桜の花を一房折って、大事に両手に包んで持って帰る事にした。
「ねーちゃん、たまにはこっちに顔出せや、って蔵馬に伝えてくれ。」
○○は人間界を後にした。


「ねぇ、蔵馬!行きましょ!桜を見に。」
「人間界へは戻らないと約束しただろ?」
「そんな融通の効かない事言わないで。今行かないと、桜の花が散ってしまうわよ。
 私はそんな約束より、蔵馬が元気になる方が大事なんだから!」

蔵馬は○○に引っ張られるようにして、人間界の山寺、そう懐かしい玄海の寺へ行った。
大きな桜の木が月に照らされ、明るく輝いていた。



しばらく感慨深げに眺めていた蔵馬はこう言った。
「やっと気づいたよ。今一番大事なのは、母との思い出じゃなく、○○、君だ。はっきりと
 言うよ。○○、結婚しよう。今日がオレ達の結婚式だ。」

舞い降りる花びらたちが、二人をいつまでも祝福していた。



END

 



話物へ戻る