夏祭り



ある夏の日のこと・・・・

「ねぇねぇ、飛影。今晩、近所の神社のお祭りに行こうよ。」

「祭りだと?くだらん。このクソ暑いのに、わざわざあんな人混みに

 行く必要がどこにある?」

「ま、まぁそうなんだけど・・・。でも、飛影の好きな焼きそばとか

 お好み焼きとかあるし。楽しいよ。」

「祭りの夜店の物なんかマズイだけだ。お好み焼きなら俺が作った方が

 余程旨いはずだ。」

「・・うん・・・。でも、でもね、えーっとえーっと・・・あっ、そうだ!

 綿菓子も売ってるじゃない。」

綿菓子・・・この言葉を聞いて、飛影の耳がぴくっと動いたのを、

見逃さなかった。

「綿菓子は家ではなかなか作れないでしょ?」

「ん?・・・あぁ、まぁそうだな。仕方がない、祭りに付き合ってやるか。」

「本当?!ヤッター!!」

「言っておくが、綿菓子が欲しい訳じゃないからな。お前がしつこく言うから

 仕方なくだぞ!」

「うんうん、わかってるって。じゃぁ、行く用意をしてくるから待っててね。」

は奥の部屋へいそいそと行き、ドアを閉めた。


気の短い飛影に合わせて、いつもは手早く用意をするのだが、今日はなかなか

部屋から出てこなかった。

の奴、一体いつまで待たせるつもりだ。綿菓子が売り切れたらどうする

 つもりだ。)

飛影は我慢ができなくなり、部屋のドアを荒々しく開けた。部屋には、新調したば

かりの浴衣を着て、髪を結い上げたが立っていたのだが・・・

「オイ!いつまで待たせるんだ!先に行くぞ!!」

飛影にはが目一杯着飾った姿も目に入らない様子で、サッサと家を出ていった。


慌てて飛影を追ったが、慣れない下駄と浴衣のせいでなかなか追いつけなかった。

ようやく神社の前まで行くと、さすがに飛影は待っていてくれたのでホッとした。


「ヨーヨー釣りしてもいい?」

飛影は一番に綿菓子屋へ行きたかったのだが、この人混みの中、夜店の並びの一番奥に

ある綿菓子屋へ直行するのは無理だと思い、仕方なくの言うとおりに付き合った。

「次は金魚すくいがいいな。」


早く終わらないかとイライラしていた飛影だが、ふと、がいつもと違うのに気づいた。

初めて見る浴衣姿。いつもは伸ばしたままの髪を結い上げたうなじの白さ。すくい損ねた

金魚の水しぶきがオレンジ色の電球でキラキラ輝き、まるでをおおっているようだった。

(・・・きれいだ・・・)

心臓がドキンとしたが、当然何も言わなかった。

金魚すくいも終わり、綿菓子屋の数軒手前に来た時、は飛影の腕をひっぱり立ち止まった。


「何だ?」

「ねぇ・・・・・」

「だから、何の用だと聞いているんだ。」

「・・・浴衣似合ってない?・・初めて着たから自信がなくって・・」

飛影は、しばらく何も言わずを見つめていたが、フッと笑って小さな声で言った。

「悪くない・・・」

飛影にとっては精一杯のほめ言葉だった。

そして、少し赤くなった顔を隠すように綿菓子屋へ走っていった。



おわり



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