浴   衣



突然の電話のベル。

「よかったら、一緒にお祭りに行きませんか?」

憧れの蔵馬君からの思いがけない電話。

慌てて、買ったばかりの浴衣を出してきた。

嫁入り修行中の姉に無理矢理付き合わされた着付け教室に行ってて良かった。

髪もアップにして、着付けもバッチリ。早速、待ち合わせの神社へ向かった。

だけど、慣れない下駄の鼻緒が足にくい込んで、靴擦れならぬ下駄擦れに。

痛い足をかばいながら、ようやく神社へたどり着いた。



「急に誘ってごめんね。」


優しい笑顔で迎えてくれた蔵馬君は、思いもかけず浴衣姿。・・・素敵・・・。

私の妙な視線に気づいたのか、蔵馬君はちょっと照れてこう言った。


「せっかく作ったからって、母に無理矢理着せられたんだ。男の浴衣なんて

 ちょっと恥ずかしかったけど、ちゃんも浴衣だから丁度良かったよ。」


二人で並んで歩いていると、すれ違う女の人達が、皆、蔵馬君を振り返る。

「あの人カッコイイ」「何であんな娘といるの?」なんて言葉も聞こえてくる。

誰よりも素敵な蔵馬君と、何の取り柄もない平凡な私。どう考えても釣り合いが

取れない。どうして、誘ってくれたんだろう。

私の心を見透かすように、下駄の鼻緒が益々足を締め付けてくる。痛い。

落ち込み気味で、蔵馬君の言葉にも上手く返事ができない。


「疲れてきた?」

「ううん。」


だんだん自分が惨めになってきた。



急に蔵馬君が賑やかな夜店の並びから離れて歩き出した。

もう帰るの?私と一緒だと楽しくないの?不安が胸一杯に広がった。



「ベンチに座って。」

気づいたら公園にいた。言われるままにベンチに座ると、蔵馬君が足下に

かがみこんだ。


「やっぱり。鼻緒が擦れて痛そうだ。」

そう言って、絆創膏を貼ってくれた。

「元気がないから、どうしたのかなって思ってたんですよ。」

「うん・・・ごめんね。」

「今日はあまり歩かない方がいい。アレでよければ家まで送りますよ。」


蔵馬君の指さす方には、一台の自転車が。

「後ろに乗って。この辺はデコボコ道が多いからちゃんとオレにつかまって。」

私の腕をとって、自分の腰につかまらせた。

見た目は細い体つきなのに、回した手からほどよい筋肉がついてるのがわかる。



蔵馬君と二人乗り。嬉しいシチュエーションな筈なのに、どこか悲しい。

やっぱりこのまま帰っちゃうの・・・? それと、もう一つの疑問。

この体勢だと顔を見られないから、勇気を出して聞いてみよう。


「どうして誘ってくれたの?」

「えっ・・・・」


暫くの沈黙。自転車のキコキコという音だけが響く。



「・・・ちゃんが・・好きだから・・・」



返事の代わりに、蔵馬君の広い背中に顔をうずめた。

祭りの笛の音が遠くで響いた。



おわり



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