『いつか、此の海で』 〜第12話〜




その後、飛影は自ら躯のもとに戻りパトロールに加わった。

誰とも話す事もなく自室に閉じこもっていたが、人間が倒れているという情報を聞くや否や

誰よりも先にその場所へ行き、でない事が分かるとガックリと肩を落とした。

日に日に飛影がやつれていくのが周囲にも分かった。躯は気分転換をさせるため、

飛影を人間界へ使いに遣らせる事にした。行くのを渋っていたが、煙鬼の命令だと無理矢理行かせた。



人間界へ行った飛影は用事を済ませた後、海岸へ向かった。

初めてと出会った、あの海岸へ。



記憶を失った飛影の療養場所を探している時に偶然見かけた女。

車で通りすぎる一瞬だったのに、何故か彼の心から離れなかった。

偶然か蔵馬の差し金か、彼女と知り合う事が出来、空っぽだったの飛影の心は癒されていった。

そしていつのまにか、飛影にとって彼女は最も大切な存在になっていた。



だが、そんな大切な人を飛影は守れなかった。

が好きだったこの綺麗な海辺の景色も、今の飛影にはただただ虚しく感じられた。



どれ位時間が経ったのだろうか。太陽が海へと徐々に落ち始めていた。

その時、背後に気配を感じ飛影はゆっくりと振り向き息を呑んだ。


!!!・・・・







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鈴木はいつものように山奥のあばら屋で研究をしていた。

遠くの方でかなりの爆発音が聞こえ、彼は外へ出た。


「何だ?あの爆発は?ここからじゃ遠すぎて何があったのかわからんなぁ」


部屋に戻ろうとした時、小屋の前の薬草畑で何者かが倒れているのを見つけた。


「ん?女・・・?こいつ、、、、人間じゃないか?!」


この辺りには魔界と人間界が通じている穴などなかった筈なのにと不思議に思いながら

人間の女をベッドへ運んだ。

まだ息はある。気を失っている為、魔界の瘴気の影響を最小限しか受けていないからだろう。

全身に怪我はしているものの、致命傷という程でもない。しかし、このままでは確実に死ぬ。

鈴木は薬瓶が並んでいる棚を見ていた。そこには飛影から頼まれた「人間が魔界で生きられる薬」

の瓶があった。あんなに必死で頼まれた薬を使ってしまったら飛影の奴は怒るだろう。

しかし、今は非常事態だ。副作用があるかもしれないが、どちらにせよこのままでは死ぬ。

鈴木は決意して女の口から薬を注ぎ込んだ。




本来なら魔界に迷い込んだ人間は即刻人間界へ帰すのがきまりであった。しかし、ここから人間界へ

続く道もない。衰弱して意識のない人間を連れて行くには遠すぎる。誰かに連絡を取ると言っても

こんな山奥では連絡手段がない。数ヶ月に一度行商人がやってくるのだが、それも来たばかりで

当分来ないであろう。彼女一人だけを置いて鈴木が山を下りて行くわけにもいかない。

鈴木はそのまま看病を続けた。女は目覚めぬまま一ヶ月以上が過ぎた。



女は目を覚ましたが、魔界の影響のせいか薬の副作用なのかは判らなかったが怪我の治りは普通の

人間よりもかなり遅かった。そして鈴木は彼女の経緯を聞いて、かなり驚いた。



  あの気位高い飛影が頭を下げたのは、彼女の為だったのか。
  まさか、あの飛影がねぇ・・・



早く連絡をしたかったが、まだ彼女の身体が完治しておらず遠出するのは無理だった。

3ヶ月以上経ちやっと傷も癒え、彼女を連れて山を下りる事にした。

飛影の居場所など判らなかったので取りあえず躯の所へ連れて行ったのだが、ちょうど飛影は

人間界へ行ったところであった。






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飛影は頭の中が混乱しながらもの話を聞き終えた。俄に信じられなかったが、目の前の女は確かにだった。

心の底で鈴木に感謝しつつも、飛影の表情は険しかった。

何よりも待ち望んでいた再会である筈なのに・・・・。



「飛影?」

・・・・」

「俺は・・・俺は・・・お前を守れなかった・・・」

「そんな事ない。私はちゃんと生きているのよ。」

「だが、あの時・・・俺は・・・お前を・・・」

「・・あの時、爆発で遠くまで飛ばされちゃったけど、飛影の黒龍が身体を覆って護ってくれたの。」

「黒龍が?!」



あの時確かに黒龍に「を護ってくれ」と心の底から念じていた。飛影の必死の願いが黒龍に通じていたのだ。

鈴木の所に彼女を降ろしたのも、もしかしたら偶然ではなかったのかもしれない。



「飛影・・・逢いたかった・・・」

・・・・・・」

飛影の口が小さく開きの耳元で囁いた。何と言ったのかは分からない。

夕日に染まった二つのシルエットはやがて一つになり、そのまま星空に包まれていった。















記憶喪失の飛影と夕日を書きたいと思い、ぐだぐだと続けてしまいましたが、
盛り上がりのないまま終わりを迎えてしまいました(苦笑)
長期間、このようなモノを読んで頂きありがとうございました。
諸事情で「話物」の更新はこれが最後になると思いますが、今までお付き合い頂き、
感謝、感謝でございます。本当にありがとうございました。  *むくむく*




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