桑原君の恋



  ある夕暮れ時のこと。

  「俺もそろそろ雪菜さんともう一歩踏み込んだ関係になりたいよなぁ。
  次のデートの時は頑張ってみっか。」

  ブツブツ独り言を言いながら歩いてきた桑原の前に、黒い影がいきなり現れた。

  「う、ウワッッーーーー!!なんだ飛影か。ビックリするじゃねぇか!いきなり現れやがって。」

  「フン。アホ面さげてぼんやり歩いているからだ。それより桑原、貴様に忠告がある。
  これ以上雪菜には近づくな。いいなッ!!」

  飛影は桑原にそれだけ言って、また姿を消した。

  「オイ、どういう事だ!飛影!てめぇーー!!!・・クソ・・消えやがった。
  あいつの意地の悪いのは元々だけど、気ぃ悪いよなぁ。一体、何だって言うんだ。」

  すっかり機嫌を損ねた桑原は、幽助と蔵馬の待つ居酒屋へと行った。


  ガラ・・・


  「おい、桑原!遅かったじゃねぇか」

  既にビールを飲んでいた幽助が言った。

  「悪ぃな。途中で飛影に会っちまってよぉ。・・あっ、兄ちゃん、俺にも生ビール。」

  「飛影が人間界に来てるのですか?」

  不思議そうに蔵馬が聞いた。

  「今朝、煙鬼の使いで手紙を持ってきてくれたんだが、まだこっちに居たのか。
  で、またガキの喧嘩でもしたのか?」

  桑原は、さっきの事を二人に話し、運ばれてきた生ビールを一気に飲み干し立ち上がった。

  「オイ、どこ行くんだよ、桑原。」

  「ん?ビールの飲み過ぎ、生理現象だ。」

  と言って、トイレに行った。


  「飛影の奴、今頃どういうつもりなんだ? 何だかんだ言いながら、桑原がいるから安心して
  雪菜ちゃんを人間界に置いて、自分は魔界に戻ったと思ってたんだけどな。蔵馬もそう思うだろ?
  どうした、蔵馬?ヤケにむずかしい顔して。」

  「ハッキリと知っている訳じゃないけど・・・氷女は異種族と交わった場合、その子供は凶悪で残忍な
  性格をもつ場合が多く、その子を産んだ直後氷女はに死に至る・・・そういう話を聞いた事がある。」

  「マジかよ、それ?」

  「氷女は謎につつまれているので、本当かどうかは分からないが。その事を心配して飛影があんな事を
  言った可能性もある。いずれにしろ、桑原君にこの事は言わない方がいいでしょうね。」

  「そうだよな。あいつ、ああ見えても、結構デリケートだからな。」



  「蔵馬、その話本当か?」

  トイレに行っていたはずの桑原が、真剣な顔で聞いた。

  「桑原、いつからここにいた?!」

  「うるせー!浦飯は黙ってろ。蔵馬、どうなんだ。」

  「だ、だから、本当かどうかは・・・・」

  「・・・ま、いいさ・・・二人とも悪いけど、先に帰るわ。」

  そう言って、桑原は背中を丸めて居酒屋から出ていった。

  「あーぁ、すっかりしょげちまって。」

  「このまま放っておく訳にはいきませんね。」

  「そうだよな。俺、煙鬼に呼ばれて魔界に行かなきゃなんねぇから、向こうで何か聞いて来るぜ。」

  「オレも、心当たりを調べてみます。」



  2週間後、幽助と蔵馬は前と同じ居酒屋にいた。

  「それにしても、桑原の奴、遅いなぁ。ショックで引きこもってるんじゃねぇだろうなぁ。」

  幽助の顔が憂鬱そうだった。

  ガラ・・・・開いた戸から、桑原が入ってきた。見る影もなく、げっそりと頬がこけていた。

  「よぉ、桑原!」

  「よぉ・・・俺に何か用か?」

  「こないだの事なんだけど・・・」

  幽助が言いにくそうに話し始めた。

  「この前魔界に行って、色々聞いてきたんだ。お前にとって残酷な事だとは分かってるが
  このまま黙っておく訳にもいかねぇから、正直に話す。いいな。」

  幽助の言葉に、桑原は目を瞑って頷いた。

  「こないだ蔵馬が言ってた事は本当らしい。だから、その・・・雪菜ちゃんとは・・・」

  「その心配はないですよ。」

  それまで黙っていた蔵馬が口をはさんだ。

  「オレはこっちで、日本各地に残っている氷女・・つまり雪女伝説を調べてみました。
  その殆どが、雪女は人間と結婚して子を作り、幸せに暮らしたというものです。
  中には、心ない村人にばれて不幸な最後になった話もありますが、どちらにしても
  子供は凶暴でもないし、氷女も生きている。つまり、相手が人間なら大丈夫と言う事です。」

  「ほ、本当かぁーーー、蔵馬!!!」

  桑原が頭のてっぺんから声を出した。

  「悪いけど、これから雪菜さんに会ってくるぜ。雪菜さぁ〜〜〜ん♪」

  そう言うなり、店から飛び出していった。

  「おい蔵馬、何で先に言ってくれなかったんだ。俺、桑原にイヤな事言わなきゃいけないと思って、
  ずっと悩んでたのに。」

  「ま、いいじゃないですか。すっかり元の桑原君に戻った事だし。」

  「そうだな。俺達もそろそろ出ようか。」



  店を出た蔵馬は空を見上げて微笑んだ。幽助も同じように空を見上げて

  「そんな所に隠れてないで出て来いよ。これでもう安心だろ?」

  と言うと、黒い影がサッとどこかに消えてしまった。

  「これで安心して、飛影も魔界に帰れる。」

  幽助と蔵馬は微笑んだ。




  END




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