『絆 〜魔 界〜』


「ねぇ、母さん。どうして僕には父さんがいないの?」

「お父さんは、とても遠いところで大変なお仕事をしてるから、

 帰ってこられないのよ。でも、あなたに本当に助けが必要な時は

 必ず助けに来てくれるわ。」

「じゃぁ、生きてるの?」

「えぇ、生きてるわよ。絶対に。」

「ふーん。ねぇ、父さんってどんな人?」

「それは・・・とっても強くて、とっても優しい人よ・・・。」





5年前、飛影は魔界へ戻っていった。

私は人より少しだけ霊感が強く、他の人には見えないものが見える事があった。

だから飛影が妖怪だと聞かされても、さほど驚かなかった。

両親を亡くし孤独だった私の前に現れた彼は、私と同じ孤独な人だった。

そんな二人が一緒の時を過ごし始めるのに、時間はかからなかった。

しかし楽しい時間はすぐに終わる。彼が魔界へ帰る事になったのだ。

覚悟はしていたが、かなり動揺した。今よりも、もっともっと強くなる事が彼の願い、

いや妖怪としての本能であろう。それを私が自分勝手な感情のまま止める事は出来なかった。

私は努めて明るく振る舞い、笑顔で彼を送り出した。

その後、泣き暮らした。泣いても泣いても涙が溢れ出る。ようやく涙が止まった時、

自分の中に新しい生命が宿っているのを知った。





私にそっくりの男の子が産まれた。

周囲からは「父親は誰だ?」としつこく聞かれたが、何も言わなかった。

もし言ったとしても、誰も信じなかっただろう。父親は魔界へ帰った妖怪だ、なんて。





息子はスクスク育ち幼稚園へ通うようになると、自分に父親という者がいないのに気づいた。

それで、時々さっきのような質問をするようになったのだが、私はその度に、同じように答えた。





息子は見た目は私そっくりだが、仕草や表情が飛影に驚く程似ていた。会った事もないのに。

やっぱり”血”かな、なんて考えたりする。そんな時、飛影に無性に会いたくなる。

そしてこの子に会わせたくなる。蔵馬さんに頼んでみようかなどと思う。

しかし、彼の妨げになってはいけないと、思いとどまっている。





飛影は元気なのだろうか?いや、それ以前にまだ生きているのであろうか?

どうしようもなく不安になる時もあり、息子はそんな私の不安を敏感に感じ取っていた。





ある日、二人で買い物に出かけた時、雪菜さんとバッタリ出会った。

彼女とは飛影が人間界にいる時に、一度だけしか会った事がなかったのだが、

私の事を覚えていてくれた。私の息子だと言うと 「こんにちは」 と優しく言ってくれた。



「ねぇ、お姉ちゃん。僕の父さんは生きてると思う?」



子供はイキナリ突拍子もないことを言うものだ。恐らく口には出していなかったが私の不安を

敏感に感じ取っていたのであろう。雪菜さんはそんな質問を不審に思わず息子の目線にまで

しゃがみ、息子の目を見て

「大丈夫よ。ちゃんと生きてるわ。」

としっかりした声で言い、その後私の方を見て力強く頷いた。

彼女はこの子の父親が誰かなんて知らないはずだ。

しかし、息子から・・息子の目を見て、飛影を感じ取ったのであろう・・・そんな気がした。





飛影はやはり生きている。私の知らない魔界の何処かで。それだけで十分。

私達二人も彼に負けないように生きていこう。

私は息子の手を握りなおし、力強く歩き始めた。








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