『 絆 』




あれから10年か・・・・・



飛影が人間界に居た頃、ある山奥をねぐらとしていた。

そこに、小さな山小屋で一人で住んでいる娘がいた。

亡き両親が遺したその山小屋を一人で守っていた。

初めは彼女の事など気にも留めていなかったが、時々見かける笑顔、

そして寂しい瞳・・・いつのまにか惹かれていき、二人は共に時間を

共にするようになった。

彼女には多少の霊感があり、今までも妖怪らしきものを見た事もあり

飛影が妖怪だと知っても、さほど驚かなかった。

しかし、二人のこの関係は長くは続かなかった。飛影が躯に呼ばれ

魔界に帰る事になったからだ。

彼女はそれを止めなかった。別れの日には 「元気でね」 と

笑顔で見送った。だが、その後泣き続けていた事を飛影は知っていた。



魔界トーナメント後、飛影は時々人間界へ来る事はあったが、彼女の前には

姿を現さなかった。所詮、妖怪と人間。うまく行くはずがない。

彼女の記憶から自分の存在が早く消えた方がいい・・・そう思って。

飛影自身もこっそり彼女の様子を見に行く事もしなかった。

彼女を見れば、抱きしめて暖かさを確かめたい・・・そんな衝動を抑える

自信がなかったからだ。



それが数日前、蔵馬からこんな事を聞かされた。

飛影がねぐらにしていた山の付近で、彼女そっくりの少年を見た。その少年からは

かすかに妖気が感じられた、と。

蔵馬が飛影と彼女の関係をどの程度知っていたのかは分からないが、

わざわざ飛影に知らせたと言う事は、もしや・・・・



「わーーーーー!!!」

     ドサッ!!

少年の声と何かが落ちる音がした。

飛影が音の方へ駆けつけると、大きな木の下で10才前後の少年が転がっていた。

状況から察すると、木に登り損ねて地面に落ちたようだった。

「オイ、坊主。大丈夫か?」

「いってぇぇぇーーー」

泥が付いたその顔は・・・10年前に別れた彼女そっくりだった。

抱き起こして、マジマジと少年の顔を見ていると・・・



「・・・とうさん?・・・」



少年から意外な言葉が返ってきた。不意を付かれ固まったままの飛影に

少年は照れ笑いをした。

「あっ、ゴメン。変な事言って。」

「いや・・・坊主はこの辺に住んでいるのか?」

「うん。前までこの近くの山小屋に居たけど、1年前に母さんが死んで

 今は町の施設にいるんだ。」



    まさか・・・・



飛影は少年に母親の名を聞いた。



   あいつ・・・そうか・・・死んだのか・・・・



長い沈黙が続いた。



「坊主の父親は?」

「父さんには会った事がない。母さんは父さんは遠い所で、命に係わるような

 危険な仕事をしてるから、会いに来られないって。でも、僕に本当に助けが

 必要な時は、必ず帰ってきてくれからって・・・。だから母さんが死んじゃって

 一人になった僕を助けに来てくれるんじゃないかって・・・。でも、そんなの

 きっと、母さんの嘘だよね。父さんがいなくて寂しがってた僕を慰めるための

 嘘だよ。」



少年から哀しみの気が流れてきた。その気の中に僅かだが妖気が流れてくるのを

感じた。そして、少年の妖気と飛影の妖気が同調しているのを感じた。



   やはり・・・間違いない

   俺の、子だ・・・



「坊主、名前は何という?」



「この木に登ろうとしていたのか?」

「うん。昔、母さんが悲しい気持ちの時、父さんがこの木の上に連れて行って

 山の景色を見せてくれたんだって。そしたら、イヤな事なんかみーんな忘れて

 元気になったって。だから僕も登ってみようと思ったけど、何回やっても

 失敗して、ホラ!」

あちこちに出来たスリ傷を自慢げに見せた。怪我は男の子の勲章だとでも

言わんばかりに。

「よし。俺が連れて行ってやろう。」

飛影は少年を抱え、木の上へピョンピョン跳び上がっていった。

「うわーー!!おじさんってスゴイ!!」

「お、おじさん?!」

子供から見れば、おじさんの部類に入るらしい。

そんな飛影の様子に構わず、少年は木の上の景色に見入っていた。



「ほんとだー!本当に元気が出てきたみたいだ!」

「何か嫌な事でもあったのか?」

「きのう、クラスの奴に『お前なんか親もいないくせに』って言われて、腹立って

 殴って怪我させた。学校の先生にも、いつも優しい施設の先生にも思いっきり

 叱られて、イヤになって飛びだしてきたんだ。母さんや父さんがいれば、そんな事

 言われなかったのに・・・」 



飛影の心がズキッとした。

小さい体を丸めて俯いている姿。幼い頃の自分そのままだった。

『親がいれば、親がいれば・・』何度そう思った事か。

それをそのまま、自分の子が思い悲しんでいるとは。



   俺の、俺の息子・・・

   そんな悲しい思いをしてるなら、いっそ・・・

   このまま魔界に連れて行こうか



強い衝動に駆り立てられた。しかし・・・



「だけど、怪我させたのはやっぱ悪かったよな。アイツは悪い事を言ったって謝って

 くれたけど、素直になれなくて。この木の上にきて、スッキリした。

 僕、帰って謝るよ。」

「そうか・・・」

か弱そうに見えた我が子が急に逞しく見えてきて、それをちょっと誇らしく思った。



飛影は登った時と同じように抱えて、地面に降ろした。

「ありがとう、おじさん。」

「もしお前が辛くなった時は、また木の上に連れて行ってやる。」

「うん。でも次は登り方を教えて!」

「あぁ、そうしよう。」

「何だかおじさんと会うの、初めてじゃないみたい。ずっと前から知ってるみたい。」

「そ、それは・・・・・」

飛影は答えに窮した。



「ねぇ、おじさん・・・・。」

「何だ?」

「・・・お父さんって呼んでいい?」

「あぁ、勿論だ。」



飛影は少年・・・いや、自分の息子の頭をクシャクシャと撫でた。



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