『闘 い』


朝日が差す中、防波堤のテトラポットの上に二人の男が立っていた。

背の高い男と背の低い男。対照的な二人は火花を散らしながら睨み

合っていた。



「勝負の時間は日暮れまで。数の多い方が勝ちだ。」

「あぁ、いいだろう。」

二人はそう言うと、海に向かって並んで座り込んだ。



背の高い男の名は桑原、低い方は飛影。この二人、いつも妙な所で

張り合っている。お互い「あんな奴は嫌いだ」と口にしているが

端から見れば、結構通じ合っているようにも見えるのだが、勿論本人達には

口が裂けても言わなかった。



事の発端は、釣りの話をする桑原に対して

「キサマに釣られるような馬鹿でマヌケな魚なんかいるものか!」

と言った事だった。怒った桑原は飛影に勝負を挑んだ。売られた勝負は

何であれ買うのがルール。「キサマに負ける筈がない。」と飛影は請け負った。





早朝の海。

勝負は公平にするため、桑原が同じ釣具を持ってきた。

といっても本格的な釣具ではなく、初心者でも扱えるサビキという仕掛けで

一本の糸に何個か釣針が付いていて、糸の先端の餌籠にオキアミというエビを

入れて使うものだ。



闘いは始まった。

子供の頃から経験のある桑原は手際よく仕掛けを付け、餌籠にオキアミを入れ

糸を海に投げ入れた。魚取りは専ら素潜りで、釣りなどした事のない飛影だったが、

説明書を見ながら器用にサビキを取り付け、そのまま海に投げようとしたのだが。



「オイ、飛影。お前ぇ餌は入れねぇのかよ?」

「エ、エサ・・・?」

「もしかして知らねぇって事はないよな。餌を餌籠に入れるってのを。」

「フン、あ、当たり前だ。貴様にハンデをくれてやっただけだ。」

自分より劣っている筈の桑原に、”知らなかった”など口が裂けても言えなかった。



「ハンデなんかいらねぇよ。」

「貴様がそうまで言うなら、餌を使ってやる。」

「イチイチ偉そうな奴だぜ、ったく。」

 

15分後、桑原の竿がピクピクと僅かに動いた。

微妙なタイミングでリールを巻き上げると、10センチ程の小さなイワシが一匹釣針に

食いついていた。



「釣れた、釣れたぁ!どうだ飛影、さすがだろう!」

「そんな小さい魚、釣ったうちに入らん。」

「何言ってんだ。一匹は一匹だ。小さくても唐揚げにすりゃぁ、美味ぇぞ。」

「フン、たかが一匹釣ったぐらいで。」

「何ぉぉぉ!」



言い争っている間に、また桑原の竿がピクピク動いた。

「よぉ〜っと!」

小さいながらも二匹のイワシが食らいついていた。そんな調子で、一匹二匹と桑原は

順調に釣っていった。飛影はというと、ピクリともかすりもせず一匹も釣れないでいた。

飛影にとってはおもしろい筈もなく、憮然とした表情で海の波間を見つめていた。



「オイ、桑原。もしかして、事前にここに来て、キサマの座っている辺りに餌を

 仕掛けていたんじゃないのか?そうでなければ、貴様なんかに釣れるはずがない。」

「そんな事するはずねぇだろ?疑うなら、場所変わってやってもいいぜ。」

面倒臭そうに桑原は立ち上がり、飛影を自分がいた場所に追い立てた。

「これで、文句はないだろぉ?」

返事の代わりに、飛影は桑原をギロリと睨み付けた。

しかし・・・桑原の竿には順調に魚が寄ってきたが、飛影の竿にはかすりもしない。

飛影のイライラは増してきた。



「オイ、桑原。貴様の釣竿は釣れるような細工をしているんじゃないのか?」

「へぇ??まさか。俺がそんな事する訳ねぇだろ。だいたい竿なんて関係ねぇよ。

  魚が泳いでる深さに合わせてやれば勝手に食らいついてくるんだよ。

  けど、そんなに言うんなら、竿、変えてやってもいいぜ。」

あっさりと竿を交換した。交換してすぐ、飛影の竿の先端がピクピク動いた。



「来た!貴様やっぱり、竿のせいだ。」

リールを巻いて上げって来たのは貝。釣ったというより、引っ掛ってきた、という

方が正しいかもしれない。

「ギャハハハハハ!!何だよ、飛影。貝だって?」

「い、一匹は一匹だ。」

「それは魚じゃなくて貝。数の内には入んねぇよ。」

「クッ!」

心底悔しそうだった。



陽はだんだんと傾き始めた。夕暮れ間近。

相変わらず、桑原は順調に小さい鰯が釣れていた。

飛影はまだ一匹も釣れてずにいた。負けを認めざるを得なかった。

しかし、魚を一匹も釣られずに引き下がる訳にはいかない。

終了時間ギリギリまで頑張った。もうすぐ終了の時間・・・

その時、飛影の釣竿が大きくしなった。

「よし!いける!」

飛影は慎重にリールを巻き始めた。糸を巻き上げた針先に、大きな魚が

食らいついていた。その魚は海から上げられるとぷーっとさらに大きく膨らんだ。

「桑原、見てみろ。キサマのようなセコい魚じゃなく、こんな大きな魚が釣れたぞ。」

「確かに大きいが・・・それはフグだ。逃がしてやれ。」

「何だと、キサマ!自分より大きいのが釣れたからと言って!!」

「違う違う。そいつは毒を持っているから、素人じゃ料理できない代物なんだ。」

「クッ・・・」



陽はどっぷりと暮れてしまった。

「オイ、飛影、帰るぞ。勝負は付いたんだから、もういいだろう?俺は先に帰るぞ。」

闘いに敗れた飛影は、いつまでも未練たらしく海から離れなかった。










釣った魚の料理は「Cooking Recipe 12」にて







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