新婚さんのバレンタイン −3− (作 みなわさん) 「へへっ、兄貴。うまくいきましたぜ」 「人間界のバカどもをだますなんざ、朝飯前よ」 「しかし、いい世界ですねえ、こんなにカモがうじゃうじゃいるんですぜ」 「だからといって、ここでやっちまえば、すぐにばれるぜ。大阪ってところに行って思いっきり 暴れてやろうぜ。どじ踏むなよ」 兄貴と呼ばれた方が、食い倒れ大阪というタウン誌で、ポンポンと手のひらを打った。 「がってんでっ!」 魔界と人間界が通じて、最初のうちは確かに秩序が保たれていた。 が、どちらの世界にも油断というものがあった。 霊界に至っては、閻魔大王の信任問題に揺れて、魔界と人間界のどちらにも目を配る 余裕がなかった。 この間抜け面の人間タイプの妖怪は、今から強盗を働こうとしていたのだ。 方法は簡単。 魔界から持ち込んだ笑い茸の胞子を飛ばし、人間が笑い狂っている間に、欲しいだけ のものを奪ってゆこうというのだ。この便利な胞子は、時間が立てば効き目が消滅し、痕 跡も残らない。笑っていた方も、記憶がないので、何が起こったのか分からないのだ。 もちろん、そう言った有害な植物は人間界に持ち込み禁止になっている。その規制の 隙間を、彼らは突いたのだ。 「しかし、だれも気づいちゃいませんぜ。俺たちがどうやってこの胞子を持ち込んだのか。 まさか正規の植物の種の中に仕込んでおいたとは、コエンマのやろうでも、ご存じないっ てね」 「あったりまえだ!もしばれて見ろ、躯のやつに八つ裂きにされる!」 「おお、くわばらくわばら !」 朝早くに、出張に出た旦那様を、玄関まで見送ったさんは、急いで台所に駆け込み、 「待っててね、飛影。私も午後の新幹線で行くから」 と、台所のコルクボードに貼り付けた2人の写真を見ながら、声に出してそう言いました。 この計画は、昨夜、旦那様の寝顔を、飽きもせずにながめながら考えたものでした。 旦那様は、朝早くに大阪へ出張。で、さんは、ばれないように旦那様の泊まるホテル を確認し、午後の新幹線で後追い、帰ってくる旦那様をホテルのロビーで待つつもりでし た。 (でも、手ぶらって言うわけにも行かないし、甘いものが嫌いなら、私が食べちゃえばいい んだから)と、思いたって、今から手作りチョコに挑戦するつもりなのです。 昼前、悪戦苦闘の結果、ようやく作り上げたハートのチョコは、桃か、お尻に見えなくもあ りませんでした。 「何に入れていこうかな?」 さんは、かわいい手提げ袋はないかと、クローゼットを探しました。 「これがいいわ!」 それは、ちょっと変わったお店の手提げ袋でした。 そう、あれは半月ほど前。 『火の国屋』という、不思議な雰囲気のお店を、さんと旦那様は見つけたのです。 そのお店は、きっと南国に咲く花なのでしょう、実に変わった花がいっぱい飾られたお店で した。お店に入った瞬間、旦那様は目を細め、なんだか懐かしそうな表情で、辺りを見回し ていました。もちろん、そのお店は、妖怪が始めた店で、花は魔界の花だったのですが、 さんは知るよしもありません。 (きっと、飛影はこのお店が気に入ったのね) あの時、さんは、そう思ったのです。 新幹線の隣の席に腰掛けた2人の男性が、『火の国屋』の手提げ袋を持っているのに、 さんは気づきませんでした。ゆうべ、楽しい計画を練り上げるのに夢中だったさんは、 すっかり眠りこけてしまったからです。だから、慌てて新大阪で降りるとき、袋を間違えてし まったことにも気づきませんでした。 「ちくしょう!さっきの女だぜ!何となく妖怪臭い匂いがしたんだが、人間に間違いはなかっ たんだ!」 「兄貴、どうします?あの胞子がなかったら、力づくでやっつけるんですかい?」 「そんなことをして見ろ、あっと言う間に霊界の奴らか、躯か、浦飯のやつにとっつかまって、 どっちに転んでも八つ裂きよ」 「じゃあ、どうすりゃいいんで?」 「あの女をつかまえる!」 そんなこととは露とも知らないさんは、旦那様も歩いたのだろうかと、食い倒れの町を 物珍しそうに、歩いていました。 4話へ topへ |