運動会大作戦 −1− 作 みなわさん 「昔は、運動会って十月十日が多かったのよね」 蛍子が、しみじみとした口調で言った。 「む、昔って、あんたまだ二十歳過ぎだよ」 ぼたんにそう言われて、蛍子はくすっと笑い、小学校の正門に目をやった。 今日は、市民体育祭の当日。幽助の家と、新婚の飛影夫妻の家の ちょうど真ん中あたりにある この小学校の校庭で、白熱の競争?が繰り広げられる…予定だ。 「…にしても、飛影も、幽助も遅いねえ」 「ええ。でも昨夜、蔵馬さんに誘われて、飲みに行ったんで」 「飲み過ぎて、泊まってきたってわけだね」 「たぶん」 「たぶんって、連絡は?」 蛍子が、肩をすくめて首を振った。 「変だねえ、蔵馬だって今日のことは知ってるんだろう。だったら、そんな深酒させるわけがないん だけどねえ?」 ぼたんは、首を傾げながらぼやいた。 毎年この体育祭では、商店街が提供する豪華賞品が出されている。この冬、蔵馬がを連れて行 った、あの北海道旅行も、この商店街の景品だった。 毎年、体育祭の一位賞品(障害物競走、借り物競走、ペアでの2人3脚の、総合順位)は取ってか らのお楽しみとなっている。確か一昨年は指輪で、去年はウエディングドレスだった。……注、ウエデ ィングドレスを取ったのは、中年のおじさんだった。 その流れから行くと、今年は新婚旅行だろうと言うのが、ちまたの噂だった。 だから、蛍子も、も内心でそれを狙っているに違いないのだ。そのことを知っている幽助と飛影が 遅れてくるのは、ぼたんには腑に落ちなかった。 「あっ、あそこにさんが」 蛍子が手を振り、がしょんぼりと、横にやってきた。 「飛影さんは?」 「昨夜遅くに帰ってきて、その時はもうベロベロで、どうしても起きてくれなくて」 赤い目をして、がそう言った。 「幽助さんは?」 「幽助は、昨夜帰ってこなかったの。それに比べれば、帰ってきた飛影さんの方が、ましよ」 蛍子は、『ましよ』のところに力を入れて、言った。 正門の辺りがざわついた。 3人は一斉に目を上げ、蛍子が真っ赤になった。 「いやだぁ!幽助」 「よお、ちょっくらそこんとこで拾いものをしたんで、遅くなっちまった」 桑原が、担いでいた幽助を、蛍子の横に放り出した。 小走りについてきた雪菜が、 「そんな乱暴に扱って、気の毒です」 と、眉をひそめた。 「くさっ!」 幽助を起こそうと顔を近づけた蛍子が、小さく叫んだ。 「幽助は2日酔いか。それに、見たところ飛影は来てなさそうだし、今日は俺の楽勝だな。雪菜さ〜 ん、楽しみにしててくださいね!必ず、この男桑原、1等賞を雪菜さんのために取って見せます!」 「…一等ですか?」 これは、飛影がやってきたらえらいことになるよと、ぼたんは思った。それにしても、飛影と蔵馬は どうしたのだろうか? 「あっ、蔵馬さん!こっちです、こっち」 雪菜は、周りの思惑や、火花を散らしている闘志などお構いなく、のんびりとした声で蔵馬を呼んだ。 ぼたんは、迎えに行く振りをして、蔵馬に駆け寄り、 「ちょっと、蔵馬。いったい何を考えて、あんなになるまで飲ませたのさ?」 「分かりませんか?俺たち2人で、どこか遠くに旅をするためさ」 「えっ!?」 ぼたんは、頬を染めて絶句した。 「まあ、冗談はさておき」 「じょっ!冗談って!」 「ふふ、まさか本気になんてしてないですよね」 「…あっ、たりまえじゃないか!」 「今日は、あの3人が3人とも本気だったでしょう。だから、苦肉の策で、昨夜幽助と飛影に、魔界で 一番強い酒を飲ませたんです。2人とも、よくまわりましたよ」 「何でそんなことを?」 「これは人間の運動会です。まさか、そこまでバカと向こう見ずだとは思いませんが、あの二人のこと ですから、意地を張り合って、妖力を使ったりしたら、この平和な共存が危うくなってしまいますから ね。とくに飛影は、桑原君に1等賞を取られるくらいなら、何をしでかすか分かりません」 「…それは言えてる。雪菜ちゃんと旅行だなんて言ったら、間違いなく殺すよ、桑原を」「でしょ、だか ら、間違いが起きる前に、2人を人間以下の力にまで落としておいたんです。しかし、ここまで効くとは 思いませんでしたね…2人とも修行が足りない」 「そりゃ、あんたの歳と比べりゃね、足りないだろうさ修業が。ところで、この2日酔いはどれくらい続く んだい?」 「さあ?」 「…さあって!?」 これほど気分が悪いのは、生まれて初めてだった。頭を上げると、すさまじい頭痛と吐き気と、めまい がした。 「…………」 を呼ぼうにも、声が出ない。 飛影は、布団の中に突っ伏したまま、小さな声でうなっていた。 こうしているうちにも、が優しく「どうしたの?」と訊いてくれる…はずだった。 しかし、一向にの 姿は現れなかった。 「………?」 そうだ、何か約束をしていた。と、何か…? 飛影はがばっと跳ね起きた。 「そうだ!……ぅぅ」 大切な約束と、2日酔いが、同時に飛影に襲いかかった………。 2話へ 『cross point』の部屋 |