それぞれの想い 1



「パトロールへ行って来る」

飛影はそう言って一人で要塞百足を出ていった。
パトロールは口実で、どこかで昼寝でもしようと思っていたのだが、偶然にも
人間の気配を感じたのだった。

「チッ、またか。」

ほうって行こうと思ったものの、仕方なく気配がする方へと行ってみた。
そこは魔界には不似合いな美しい花々が咲き乱れ、その中央に一人の女が眠って
いるように倒れていた。普通の人間は魔界の瘴気のため仮死状態になる。
飛影は近づいて女を見た。美しい花畑に溶け込み、安らかな表情の女を、飛影は
この花の妖精じゃないのかと、思った。が、すぐに自分のバカげた考えを苦笑し
ながら女をかつぎ上げようとした瞬間、女は目を開けた。

「ここはどこ?」

(この女、魔界で意識を保てるほど霊力があるとは思えんがな。)飛影は驚きながら、
彼女自身の状況を教えてやった。それを聞いても女は、取り立てて驚かず、

「あんまり綺麗なお花畑だったから、まさか魔界だなんて思わなかったわ。」

と、うっとり花畑を眺めていた。

「(全く奇妙な人間だ)おい、女。人間界に戻りたければ付いて来い。」

飛影の言葉で女は立ち上がろうとしたが、足をくじいたようで歩けそうになかった。
結局、飛影が担ぎ上げて百足へ戻る事になった。

「ねぇ、あなたの名前は?」
「飛影だ。」
「私は。よろしくね。」
「お前の名など興味ない。」

相変わらす、愛想のない飛影だった。

要塞百足へ戻ると、皆あわただしい様子をしていた。
霊界が何かの実験の失敗で、魔界と人間界の間に強力な結界が出来てしまったのだ。 
まだ未完成な段階なので、1週間もすれば自然に結界は解けるようだが、その間、
人間も妖怪も一切通り抜ける事が出来なくなるらしい。
その時、蔵馬から電話がかかってきた。魔界と人間界とを繋ぐ、特殊な電話である。

「コエンマの依頼で調べているんですが、そこには何人くらい人間がいてますか?」
「この百足には、女が一人だ。他は知らん。」
「そうですか。仮死状態だと1週間位なら命に別状はないので、暫く預かって下さい」
「仮死状態じゃない奴はどうなんだ?」
「・・・意識があるのですか?・・・。その人の名前は分かりますか?」
と言っていたが。」
「あぁ、やっぱり。行方が分からなくて探していたんですよ。」
「貴様の知り合いか?」
「ええ、ちょっと前に雪菜ちゃんが車に轢かれそうになったのを、彼女が助けてくれ
 たのがきっかけで、皆と親しくしてるんですが。」
「雪菜が事故だと?!」
「ご心配なく。さんのおかげで無事でしたから。で、話を戻しますが、さんが
 このまま一週間も魔界で生きられる程、霊力があるとは思えない。霊力がなくなる事
 は死を意味します。飛影、彼女を守ってあげて下さい。」
「フン、霊界の奴等の失敗だ。それで人間が死のうが生きようが俺には関係ない。」
「雪菜ちゃんの命の恩人ですよ。恩を仇で返すって言うんですか!!!」
蔵馬のきつい口調に、飛影は大きくため息をついた。
「で、どうすればいいんだ?」
蔵馬は長々とが霊力を保つための方法を説明し始めた。

(ヤレヤレ、やっかいな拾い物をしてしまった)と飛影はウンザリして聞いていた。


まず、蔵馬の指示通り、をある湖のほとりの小屋に連れてきた。

『あそこの湖の水は、人間界の水と成分が同じなので、魔界の瘴気が少し薄くなる
 場所ですから霊力の減少が少しは抑えられます』

次にする事は

さんに霊力を使わせないようにするために、なるべく平静で穏やかな心を保たせ
 ないといけません。恐怖心は霊力を最も消費します。凶悪な妖怪を近づけさせない
 で下さい。』

飛影はに不安心を抱かせないようにするために
「いいか、貴様は霊力が無くなれば死ぬ。だから何があっても動じるな。その時は俺が
何とかしてやる」
と、かえって不安を増すような言葉だったが、彼なりに考えて言ったものだった。

2日間ほど、二人は何事もなく過ごしていたが、飛影は常に周囲に気をつけていた。
は何か話しかけても無口な飛影に、愛想を尽かす事もなく話しかけた。

「飛影さん。」
「飛影でいい。」
「じゃぁ、飛影。どうして、私のためにこんなにしてくれるの?仕事だから?」
「それもあるが、蔵馬から雪菜を助けてくれたと聞いたんでな。」
「蔵馬を知っているの?」
「あぁ、人間界で仲間だった。」
「そう・・・じゃぁ、もしかして雪菜ちゃんが探してるお兄さん?」
「蔵馬から聞いたのか?」
「ううん。何となく・・・だって、似てるじゃない。飛影と雪菜ちゃんって」
「俺と雪菜が似てるとは思えんがな。」
「似てるわよ。優しい所なんかそっくり。」

(俺が優しいだと?)妙な事を言う奴だと飛影は思った。

「どうして、雪菜ちゃんに兄だと言わないの?」
「ちょっと事情があってな。」
それ以上、飛影は何も言わなかった。

3日目の朝、飛影はの顔色が少し悪いのに気が付いた。
「気分が悪いのか?」
「ううん、大丈夫。何でもない。」
気を遣っては平気なふりをした。飛影は3つ目の蔵馬の言葉を思い出した。

『湖の近くに生えている、ある薬草を用意していて下さい。この方法は人間界に継続して
 1年以上住んでいた妖怪にしか出来ません。飛影なら大丈夫。但し、最後の手段です。
 霊力は回復しますが、これを長くすれば、彼女は勿論飛影の生命力さえ、危険になります。
 だから、最後の最後の手段です。』

(まずいな。薬草の準備をしておいた方がいいかもしれんな。
 近くに生えているといっても、この場所からは少し歩かなければならない。足を痛め、
 気分が悪そうなを連れて行く訳にはいかない。この2日間、他の妖怪の気配すら感
 じなかったから、短時間なら一人にしても大丈夫だろ。)
そう思った飛影は、一人で薬草を探しに行った。
薬草を摘んですぐに戻ってきた飛影は、がいる小屋の前で妖怪の足跡を見つけた。

(しまった!)
ーーー!!!」

小屋に入ると、2匹の妖怪がに襲いかかろうとしていた所だった。
「人間だー。うまそうだー。食っちまうぞー」
煙鬼の法律で人間は保護されるようになっていたのだが、それを守らない妖怪もまだまだ
残っていたのだった。
妖怪達は飛影の敵ではなく、すぐに切り捨てられたが、を人質に取られた事もあって
飛影は腕に怪我をしてしまった。

飛影は恐怖で泣きじゃくっていたを、落ち着かせるためそっと抱きしめた。
「すまなかった。俺が油断していたばかりに。だが、もう大丈夫だ。もう一人にしない」
飛影に抱きしめられ、少し落ち着いたは泣きじゃくりながらも、飛影の怪我の心配をしていた。

「飛影、ごめんね。私のせいで怪我して・・」
「馬鹿な奴だ。俺の心配より、自分の心配をしろ。」

は泣き疲れたのか、飛影に抱かれたまま眠ってしまった。

(こいつ・・・一人で取り残されて、さぞ心細かっただろう。それだけじゃない。
 いきなり魔界に落ちてきて、人間界にも戻れず命を無くす危険さえあるくせに
 俺に気を遣って明るく振る舞いやがって・・・)

飛影は急にを愛おしく感じた。こんな気持ちは、彼自身、初めて感じたものだった。
ふと、飛影はの体が熱くなってきたのを感じた。

『熱が出てきたら、霊力が残り少なくなった証拠です。その時は薬草を使って下さい。
 まず、飛影が薬草を呑み込み、妖力を極限に上げ、体の奥の奥にある人間界の「気」
 を呼び起こして下さい。これは人間界に暫く住んでいた妖怪にしかできません。
 人間界の「気」が出てきたら、彼女にそれを移すんですよ。
 俺達も何とかして彼女を助ける方法を探しますので、それまでお願いしますよ。』

蔵馬の最後の言葉だった。
飛影は薬草を呑み込み、全身の妖力を極限に高めた。
人間界の「気」らしきものが、彼の腹から口を通じて出てきた。

(なるほど、これだけの妖力を必要とするのだから、長くは続けられまい。
 だが、これをどうやって、こいつに移すんだ?)

暫く考えた結果、これしかないと結論が出た。飛影は眠っているの顔を自分の方へ
向けさせ、ためらいながらも自身の唇をの唇に重ねた。
「気」がに流れていくのが感じられた。
数分後、の熱が少し引いたが、飛影の疲れも相当なものだった。

(俺はいい。妖力を使い果たしても。だが、蔵馬はこいつの生命力にも影響が出ると
 言っていた。このままじゃ、結界が解けるまで保たんかもしれん。どうすれば・・)
飛影はどうする事もできず、ただを強く抱きしめた。

と、その時、窓の外で閃光が走り、何かが切り裂かれる音が聞こえた。
そこには、懐かしいが見慣れた顔が3人立っていた。
蔵馬、幽助、そして次元刀を持った桑原。
3人は飛影達にかけよった。蔵馬はの状態を確認して
「今なら、人間界に戻れば大丈夫だ」
と言い、を抱き上げようとしたが、その手をはらいのけ、

「俺が連れて行く」   と飛影が言った。

「お前ぇは怪我して体力も落ちてるみてぇだから、蔵馬に任せろよ」と言う幽助を無視し
「次元刀で切れるんだったら、もっと早くやれ」  と桑原を睨んだ。
「しょーがねぇじゃねーか。最近使ってなかったから、次元刀を出すのに時間がかかっち
 まったんだからよぉ。」
「フン、木偶の坊め」
「何だと、テメェー」
「まぁまぁ、それより早く彼女を人間界に連れて行かないと。」
蔵馬の声で、5人は人間界へ戻った。

一人暮らしを始めた蔵馬の家のベッドに寝かされたは、人間界の空気に触れ、少し
だけ意識を取り戻した。蔵馬に苦そうな液体を呑まされ、また眠りについた。
「少し休ませた方がいいから、俺達は向こうの部屋に行きましょう。」
蔵馬、幽助、桑原の3人は隣の部屋に行った。

「あれ?飛影は?まだ向こうの部屋にいるのかぁ?」幽助が言った。
「しゃーないなー。俺が呼んでくる。」と桑原が寝室に行ったが、一人で戻ってきた。
「飛影は?」
「え?あぁ、まぁ、あのままでいいんじゃねーかぁー」 桑原のちょっと照れた言葉で
事情が呑み込めた蔵馬は、少し微笑んだ。事情が呑み込めない幽助は、不満げだった。

ベッドの上では熟睡した、その傍らで疲れ果てた飛影が眠っていた。
飛影の手は、強く強く、の手を握っていた・・・・・。 


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