『いつか、此の海で』 〜第10話〜




飛影は魔界の山奥のあばら屋を訪ねた。

「何だ、飛影じゃないか。久しぶりだなぁ。こんな所に来るだなんて、どういう風の吹き回しだ。」

家の主は魔闘家鈴木。妖具や妖薬を作る事にかけては天才的な腕を持っている男だ。
現在は魔界の山奥に籠もって、新しい妖具等の研究に専念している。他から邪魔が入らぬよう
ここには一切の通信施設がなく、数ヶ月に一度現れる行商人から必要な物や情報を仕入れている。
世情に疎い生活をしており、飛影の近況など当然何も知らなかった。

招き入れられた部屋は所狭しと薬瓶が並べられ、薄汚いテーブルの上では得体の知れない
黒っぽい液体がフラスコのなかで熱せられていた。
鈴木はその液体をビーカーに注ぎ飛影の前に突き出し、それを怪訝そうに見ている飛影。

「飲まんのか?」
「何だ?その液体は?」
「人間界に住んでいたくせに、何も知らんのだなぁ。人間界の珈琲だ。上物だぞ。」

飛影も珈琲くらい知っている。しかし飛影の知っているそれは蔵馬が薫り高く煎れ、カップに
入ったものだ。こんなビーカーに入った妖しげなものではない。飛影はビーカーを受け取ったが
口をつけずテーブルに置いた。

「で、何の用だ?用もなくオマエがこんな所に来るとは思えんからな」
「頼みたい事がある。」
「ほぉ〜飛影が頼み事だとはねぇ。」

頼み事がある割には偉そうな態度の飛影だが、彼のこんな調子には鈴木も慣れていた。

「数日間いや、数時間でもいい。普通の人間が魔界で生きられるな薬を作って欲しい。」

そんな薬を何に使うのか興味があったが、そんな事を答えてくれる飛影でないのは分かっていた。

「その薬なら以前作ったことがある。」
「本当か?」
「あぁ、ただし実験はしていない。まさか人体実験するわけにもいかんしな。」
「それでも構わない。一ヶ月以内に作ってくれ!」
「一ヶ月!それは無理だ。薬の材料はここから遠い山奥にある。材料を調達するだけでも
 一ヶ月以上はかかる。それから作るとなると・・・」
「何としてでも一ヶ月以内に作ってくれ」
「しかしなぁ。」

「頼む!」

鈴木は今まで見た事がない光景を見た。飛影が、あの気位高い飛影が頭を下げていたのであった。
余程の事があるのだろう。鈴木は渋々薬を作る約束をした。



鈴木の家から人間界に戻ってきた飛影は、黙々と修行をした。はそんな飛影の気が散らない
ようにと昼間は無理矢理仕事へと行った。自分の命がかかっているのに仕事どころではなかった
のだが。
飛影は毎晩、ボロボロになって帰ってきた。それだけで修行の凄まじさがわかった。
二人はお互いを気遣い、そっと寄り添って夜を過ごした。

飛影は朝から晩まで毎日修行に励んだ。その甲斐あってか黒龍波が使える程度の妖力が戻ってきた。
そして日増しに黒龍波のパワーが上がっていくのを感じられ、最強時のパワーが戻るのも時間の
問題となった。
しかし、大きな課題が残っている。
あの巨大な黒龍を操る力。そんな小さな的に向かって黒龍波を撃った事がない。
今まで以上の妖力が必要なるだろう。

 果たして自分に出来るのだろうか?
 自分が失敗すれば、は間違いなく死ぬ。

飛影は頭によぎる不安を振り払い、極限の力を振り絞って修行をした。






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