『いつか、此の海で』 〜第2話〜 海の見える町。 静かな海は永遠の時を越え、全ての生命の源・・・そんな海の町。 この町の古文書学研究所に勤めるは、お気に入りの自転車で潮風に吹かれながら 浜辺に急いでいた。目的はこの町の名物でもある真っ赤な夕日を見るためであった。 この夕焼けを見ると、厭な事全てがちっぽけに思えてくる。仕事のストレスを発散させる 一日の終わりの儀式のようなものでもあった。 息を切らして浜辺に着くと、ちょうど大きな太陽がゆっくりと海に帰っていく所だった。 今日はいつもより綺麗な夕日だと密かに感動していると、キラリと光る物が目に入ってきた。 光の方を見ると、見知らぬ男が二人彼女と同じように夕日を眺めていた。 一人は髪が長く女性のような顔立ちで、もう一人は小柄でどこか不安げな表情をしている。 二人とも美しい顔立ちをしており、 「きれい・・・」 はそんな二人に見とれ、呟いていた。 目に入った光は小柄な男のペンダントが夕日に反射していたものであった。 夕日を見るのも忘れ、二人をぼんやり見つめていると髪の長い男がコチラに振り向き ニコリと笑い浜辺を後にした。小柄な男は気にも留めない様子で髪の長い男の後に ついていった。 は見知らぬ他人を見ていた気まずさで肩をすくめながらも、二人の乗った車が丘の上に 向かって行くのを目で追っていた。 家の近くまで帰ってくると、近所のおばさん連中が井戸端会議に花を咲かせているのに かち合ってしまった。いつも他人の噂話に余念のない彼女達と関わりたくなかった。 「こんにちは」 挨拶だけのつもりが、彼女達はに近寄ってきて自慢げに口々にこう言った。 「ねぇ、知ってる?」 「丘の上の貸別荘に若い男が二人で住んでるのよ。長期滞在らしいわ。」 「二人ともすっごくイイ男で、町内じゃちょっとした有名人になってるのよ。」 は愛想笑いを浮かべながら、早々に彼女達に別れを告げた。 -----きっと、あの二人の事だ。----- 初めて彼女達の情報収集力に感謝した。 その後は夕日の見える浜辺で、あの二人の男達を時々見かけるようになった。 髪の長い男の方は笑って会釈をしてくれるようになったが、小柄な男は相変わらず 無愛想なままでいた。 ある日のこと、仕事が長引き浜辺に着いた時はすっかり日が暮れていた。残念に思いながら 暗くなった浜辺を歩いていると、何かが足に当たった。拾い上げてみると、綺麗な石のついた ペンダントだった。 -----これ・・・もしかしたら彼の・・・?----- いつも身に付けていたから大事なものだろうと思い、は自転車に乗り丘の上の貸別荘に 向かって走り出した。 別荘への道のりは思っていたより急な坂で、は息を切らせながらようやくたどり着いた。 ベルを鳴らすと小柄な男が顔を出した。 「あの・・・これ・・・海岸で拾ったんですが・・・」 は拾ったペンダントを彼に見せると、「アッ」と小さく声を出しペンダントを受け取り そのまま家に戻ってしまった。 -----ありがとうの一言ぐらい言ってくれてもいいじゃない---- 少しムッとした気分で帰ろうとしたとき、ドアが開き髪の長い男が微笑みながら顔を覗かせた。 「こんな所まで届けてくれてありがとう。今珈琲をいれたんだけど、良かったら飲んでいきませんか?」 普通なら見知らぬ男達の家に上がり込んだりはしないのだが、好奇心とドアを開けた時の珈琲の 香りに誘われて、は彼の言葉に甘えた。 「ええっと、初めましてって言うのも変かな。海岸でよく会ってますよね。オレは蔵馬、で、 彼は飛影です。」 「私は・・です。」 紹介されてと飛影は一瞬目が合ったが、すぐにそらされてしまった。しかし彼の澄んだ瞳を 見逃さなかった。 珈琲を飲みながら、蔵馬は少しだが自分達の事を話してくれた。 飛影は事故で記憶喪失になり、医者に静かな所で静養するように言われてこの町に来た事。 その為に他人に対して警戒するようになり、元々大事にしていたあのペンダントが唯一彼の 安らぎになっていた事なども。 二人が話をしている間、聞いているのかいないのか、飛影は時々此方をチラッと見る意外は ずっと、窓から見える海を眺めていた。 時々見せた飛影の不安げな表情は、その為だったのか。額に巻いている布も、事故の怪我の せいかもしれない。は自分一人で納得していた。 蔵馬との会話は楽しく、あっと言う間に時間が経ち、日がすっかり暮れていた。 夜道は危ないから車で送ると言われたが、自転車を置いて行くと、交通の便が悪い研究所に行く のが大変なため丁重にお断りした。 来る時は大変だったのぼり道も、帰りは一気に自転車は走っていった。心地よい風を全身に感じ ながら、楽しく会話を交わした蔵馬ではなく、何故か殆ど話もしなかった飛影の事を考えていた。 3話へ 戻る |