『いつか、此の海で』 〜第3話〜


が蔵馬と飛影の別荘に行ってからは3人は急速に親しくなり、時々食事をするようにもなった。

相変わらず飛影の愛想の悪さは変わらなかったが、時折笑顔を見せるようにもなってくれた。

そして、それがにはとても嬉しく感じられた。

そんなある日、は蔵馬から頼み事をされた。急な出張のため、飛影の夕食を頼みたいと。

「飛影は誰かが言わないと、いつまでも食事を取らないから。お願い出来ませんか?」
「ええ、それくらいなら。」


は快く引き受けた。

頼られたのが少し嬉しかった反面、蔵馬がいるからこそ会話が成り立っており、飛影と二人だけで

場が保つのだろうかと、少々不安ではあった。

その日、仕事を終えたは食事の材料を買い込んで、飛影が一人で待つ別荘へ向かった。

途中、黒い雨雲が遠くに見えた。

がベルを鳴らすと、飛影はとまどったように彼女を招き入れた。彼女はそのままキッチンを

借り、夕食を作り始めた。時間的に手の込んだ物は作る事は出来ないが、手慣れた手つきで

料理をしていた。その間、飛影はいつものように窓から海を見ているのだろうと思ったが、

意外にも彼はが料理しているのを見ていた。一瞬二人の目が合い、は微笑んだが

飛影は気まずそうに目をそらせた。


「口に合うか分からないけど。」

ドキドキしながら飛影が料理を口に運ぶのを見ていた。一口食べた飛影は

「・・・うまい・・・」

と小さな声で応えた。

二人の間には殆ど会話はなかったが気まずい思いはせず、静かな空間が二人を包んでいた。


食事の片付けも終え、そろそろ帰ろうかと思った時、雷と共に大粒の雨が降り始めた。

大きな稲妻が走った時、飛影はビクッと身体を震わせた。雷と雨はどんどんひどくなっていった。

稲光と雷鳴が同時に鳴った瞬間、部屋の灯りが消えてしまった。外を見ると、町の灯りは殆ど

消えていた。


「雷が何処かに落ちたみたいね。」


溜息をついて飛影の方を見ると、彼は身体を震わせうずくまっていた。


「飛影?!どうしたの?!」


飛影は何も応えなかったが、雷が鳴る度に身体をビクリとさせていた。

記憶喪失になった事故と雷が何か関係あるのかもしれないと思い、は優しく

彼の身体を抱きしめた。


「・・・大丈夫。私が護ってあげるから・・・。」


雷に怯えていた飛影だが、の腕の中で安心したように、いつしか眠りにおちていた。

やがて雷も雨もやみ、灯りも戻ってきた。

腕の中で子供のように眠る飛影を愛おしく感じたが、そのまま泊まる訳にもいかないので

ソファーに寝かせ毛布を掛けてそっと家を出て、自転車で坂道を下っていった。





飛影はドアが閉まる音で目を覚ました。

「・・・帰った・・のか・・・?」

窓からが自転車で下っていくのを眺めていると、急なカーブの向こうから、大型トラックが

猛スピードで走って来るのが見えた。


 アブナイ!!


咄嗟に飛影は窓から飛び出し、木々の上を身軽に飛び移っていった。



対向車の事など考えずスピードを上げて自転車を走らせていただが、カーブを曲がった瞬間

大型トラックが目の前にいた。


「キャーーーーーーーー!!!」


悲鳴をあげた時、彼女の身体がふわりと浮き上がり、トラックは何事もなかったように過ぎ去って

行った。道の端におろされた時、自分は飛影の腕の中にいる事がわかった。


「大丈夫か?」


恐怖とショックで震えるのを落ち着かせようと、今度は飛影が優しく腕で包んでいてくれた。

どうやって自分を助けてくれたのか、今までの飛影とは雰囲気が違う、等と疑問には思ったが

激しい動揺のため、それ以上深く考える事はなかった。


飛影はを家まで送り届け戻る時、先程の道が途中で狭くなっている箇所がある事に気づいた。

とてもあのトラックが通れそうにもない。トラックのタイヤ跡をよく見ると、微かに妖気が感じられた。

「これは・・・妖気か?」

を助けた瞬間、飛影は記憶を全て取り戻していたのだった。




その後は仕事が忙しくなり、研究所に泊まり込む日が続いた。飛影達の事が気にはなって

いたが電話番号を聞いていなかった。仕事から開放されすぐに彼らの別荘へ向かった

愕然とした。


『貸別荘』


門には大きな文字で書かれた不動産屋の看板が掛かっていた。





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