『いつか、此の海で』 〜第5話〜




およそひと月前のある夜・・・

引っ越しの整理もまだ終わらず、慌ただしく過ごしていたの部屋に

見知らぬ男がやって来た。女性の一人暮らし、普通なら警戒するのだが、

上品な話し方と柔らかな物腰のせいか、その男の話を聞く事にした。


様。実はあなた様にお願いしたい事がありまして。様は古文書の研究を
 されているとお聞きしました。そこで、この古文書の解読をして頂きたいと思いまして。」

男が差し出した古文書は、彼女が専門にしている時代の文字と似ていた。

この男が何故自分に古文書の解読を頼みに来たのか不思議に思ったが、少し異質な

古文書を見ていると研究者としての興味の方が勝り、すんなりと引き受けてしまった。

しかし不思議な事に、この本の文字はにしか見えず、研究所の仲間に見せても

「何も書いていないじゃないか。何をおかしな事言っているんだ」

と馬鹿にされるだけであった。

誰の協力も受けられず、は一人で夜遅くまで解読の研究をし、睡眠不足と過労の為

偶然にも飛影の前で倒れてしまったのだった。



「こんな話、信じられないでしょ?」
「イエ、信じますよ。」
「本当に?」
「エエ。じゃぁ、飛影とオレの秘密をお話ししましょう。」


蔵馬は自分達は魔界の妖怪で訳あって人間界に住んでいるが、あの時トラックに

狙われたのは自分達だと思い身を隠した、と言う事を手短に話した。

は最初、信じられないという顔をしていたが、トラックから自分を助けてくれた

飛影の身のこなしを思い出し、少しだけ納得した。


「だが飛影・・・」
「あぁ、そうかもしれんな。」


蔵馬は険しい表情で飛影を見た。飛影も蔵馬に同意した。

「あのトラックに狙われたのは自分達だと思っていたのですが、今の話を聞くと狙われたのは・・・」
「私だったのかもしれない・・・?」
「トラックの通った跡に残った妖気とこの本に残っている妖気が似ています。」
「それじゃぁ・・・わたし・・・どうすれば・・・」
「おそらく、この古文書が謎を解く鍵。それを解くのにさん、あなたが選ばれたのでしょう。
 オレも魔界へ行って色々調べてみます。辛いとは思いますが、頑張ってくれませんか?」
「・・・でも・・・」

は今にも泣きそうな顔をしていた。

、大丈夫だ。解読が終わるまで俺がおまえを守ってやる。」

思いも掛けない飛影の力強い言葉に、の表情が緩み小さく頷いた。

「飛影、大丈夫ですか?妖力がまだ・・・」
「わかっている。だが、蔵馬が調査に行くとなると今、アイツを守れるのは俺しかいない。
 妖力も少しずつだが戻っては来ている。何とかしてみせる。」


二人は彼女に聞こえないような小声で話した。

蔵馬は妖力が戻っていない飛影に任せるには少々不安だったが、大事な人を守りたいという

飛影の意志を信じる事にした。尤も飛影がを好きだというのは、あまり根拠のない蔵馬の

勘だったのだが。




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