『いつか、此の海で』 〜第6話〜




飛影はの部屋へ移った。

彼女を狙っているのがどんな妖怪なのかは分からないが、煙鬼が公布した魔界での法律の為、

人間界で人目の付くような場所で表だった行動をしないだろうと判断し、彼女を研究所に

行かせた。当然、送り迎えは飛影の役目。彼女が仕事へ行っている間、飛影は自分の妖力が

戻るように修行をした。


まずは額の布を取り邪眼の力の回復。邪眼には様々な力があるが、一番簡単な千里眼。

一番見たいもの、知りたいものをイメージし全身の妖力を集中させた。だが、そう簡単には

いかない。何度も何度も試みた。

「ダメなのか・・・だが、しかし!!」

自分だけしか彼女を守れないのだと強く思った瞬間、僅かにぼんやりと何かが見えた。

もっと、もっと・・・強く願いを込めると、の笑顔が飛影の第三の目に鮮明に映し出された。


    それが、飛影の一番見たいもの、知りたいもの・・・


そんな毎日の修行の成果で、彼の妖力はどんどん回復していった。


毎夕、迎えに行くとは飛影の姿を見つけては嬉しそうに駆け寄った。修行でかなり疲れている

筈なのだが、彼女の笑顔を見ると疲れなど吹き飛んでいた。で腕によりを掛けて夕食を

作った。そんな光景は端から見ると、幸せな新婚さんのようでもあった。

そんな二人であったが、夜、が寝る時、飛影は部屋の隅にもたれ掛かり目を薄く閉じ警戒を

怠らなかった。人目のない夜が一番危ない。毎夜の事でさすがの飛影もきつかったが、

安らかな寝息を聞くと頑張らずにはいられなかった。


は赤い小さな石を飛影に見せた。ちょっと変わった石だと飛影は思った。

「この石、子供の頃に拾って、綺麗だから捨てられなくてずっと持っていたんだけど、今では私の
 お守りなの。この石が守ってくれるから、飛影もたまにはちゃんと休んで。」

は飛影の身体を気遣って言ったのだが、当然彼は聞き入れなかった。



ある日、急に夕立が降りだした。

「雨・・・傘持って来てないわ。」

「なら僕の車で送っていってあげるよ。」

研究所の前で同僚の男性に声を掛けられた。以前から何かにつけてに言い寄っていた男だ。

しかし彼は殺気を感じ後ろを振り向くと、傘を持った飛影が立っていた。

「あ、いや、その・・・む、迎えが来たから、だ、大丈夫なようだね。」

慌ててその場から走り去って行った。

「何だ、あの男は?」

「前から色々としつこい人で。」

苦笑いしたを見て、研究所もある意味危険かもしれんなと、心の中で思った。


「傘、持ってきやったぞ。」

「ありがとう。でも、飛影びしょ濡れじゃない?」

「急な雨だったからな。」

おそらく修行の最中に雨が降り出し、迎えに来る時に1本だけしかないの傘を持ってきた

のであろう。飛影は傘をに手渡すと、自分はそのまま雨の中を歩き出した。

「飛影、ちょっと待ってよ。一緒に傘に入りましょうよ。」

「もう俺は濡れているから同じだ。それに俺の側だとオマエまで濡れてしまう。」

「そんな事いいの!それ以上濡れたら風邪ひいちゃうから。一緒に傘に入ろ!」

は強引に飛影の腕を引っ張り、寄り添うように一つの傘に収まった。

「ね?少しは暖かいでしょ?」

フン・・・

素直じゃないが少し顔を赤らめた飛影を、は愛おしく見つめていた。


その夜、体力を消耗していた上。雨で身体を冷やしたせいか飛影は熱を出してしまった。

「オマエを守らなければいけない」と言い張り寝ようとせず、いつものように部屋の隅に

座ったままの飛影だったが、は彼の隣に座り1枚の毛布に2人でくるまるようにした。

「オマエは布団で寝ろ。」

「いやよ。病人を放っておけないわ。」

「風邪がうつるぞ。」

「私に風邪がうつると治るかもね。」

「馬鹿か!」

「だって、飛影の風邪が治ればちゃんと守って貰えるじゃない?」

「・・・・」

「だから、早く良くなって。」

飛影はの心地よい体温で、いつの間にか眠っていた。






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