『いつか、此の海で』 〜第8話〜




飛影が記憶を失った場所・・・死の峡谷に飛影と蔵馬はやって来た。

注意深く辺りを調べていると、やはり微かに古文書と同じ妖気を感じた。その弱い妖気の先には

強力な結界が張ってあった。

「俺が吹き飛ばされた場所だ。」

一瞬飛影の足が止まったが、の事が頭に浮かび思い切って結界に足を踏み入れた。

「飛影!無茶はダメだ!」

蔵馬は叫んだが、何事もなく、すんなりと飛影は結界をすり抜けた。蔵馬もそれに続いたが、

結界に拒まれ通り抜ける事が出来なかった。


「蔵馬、俺は一人で行く。」

「だが、飛影一人では・・・」

「結界を通れるのは俺だけのようだからな。」

心配をしている蔵馬に小さく笑って、飛影は奥へと向かっていった。


どのくらい歩いただろうか。急に道が開け、古い城が見えた。飛影はその城に入り階段を昇って

行くと、小さな部屋に出た。

!!

そこにはが赤い半透明の大きな石の側の椅子に座らされ、その横にはあの男が立っていた。

は眠っているようだった。

「キサマ!!に何をした!!」

「飛影様、お待ちしておりました。御心配なく。人間には魔界の瘴気が少々きついようなので、
 様には少し眠って頂いてるだけでございます。眠ると言っても、こちらの声は聞こえて
 いるとは思いますが。」

をどうするつもりだ!!」

「先程も申しましたように、御主人様にお会いして頂くだけです。未来の花嫁様に危害等を
 加える筈がございません。」

「花嫁だと?キサマの主人の花嫁にすると言うのか?」

「イエ、違います。飛影様、”あなた”の花嫁です。」

「いい加減な事を言うな!!」

「飛影様、御説明致します。こちらがわたくしの御主人様です。」


男が手で示したのは、1m四方の赤い半透明の石だった。よく見ると、その中心部に顔らしきものが見えた。


「キサマはこんな石に仕えているのか?」

飛影は嘲笑うように言ったが、男は静かに話し始めた。



はるか昔の事、人間界は霊界、魔界は冥界が治めていた。ある頃、魔界である一族が台頭を現して

きた。あまりの勢いで冥界の存続さえも危ぶまれる程になり、冥界の王が一族を死の峡谷に封印した。

その時、一族の守り石であるこの赤い石に守られ、長だけが石の中で何とか生き残った。と言っても

肉体は滅ぼされ、唯一精神だけが残されたのであったが。

その後、冥界も霊界によって封印され、一族の復活は絶望的になった。

それが何年か前の事、冥界の王の封印が少しずつ解け始めたのだ。どうやら人間界の少年達が

何かの経緯で冥界の王を滅ぼしたらしい。


数年前、冥界王を倒したのは自分達だ。飛影は苦々しい思いで聞いていた。


「今こそ、御主人様の一族の復活の時なのです。」

「一族の復活と言っても、その無様な石の野郎しか生き残りはいないんだろ。」

「一族から離れて、生き残った方もいらっしゃいます。そして血縁関係は限りなく薄くなって
 いますが、その方の御子孫が生きておられました。それが、飛影様でございます。」

「俺がその石野郎の血縁だと言うのか!!そんな事信じられるものか!!」

「信じる信じないはご自由ですが、その証拠に、飛影様はわたくしの張った結界に入って来られ
 ましたから。」

「・・・前に此処に来た時、結界を通ってはじき飛ばされた。」

「それは結界が拒絶した訳でなく、思いがけず一族のお方が入って来られて過剰なエネルギー反応を
 してしまったからです。様の事は・・・」


精神だけとなった族長が復活するためには、肉体が必要になる。どんな身体でもよいわけではなく

一族の血を引き、新しい””になる素質が有る者でなくてはならない。その”長”の身体と融合

して精神が引き継がれる事となる。そして”長”になると同時に、子孫存続の為に結婚をする、

というのが掟。赤い守り石の欠片が意志を持ち、花嫁候補を探し出す。大抵は妖怪から選ばれるの

だが、時々人間から選ばれる事もある。

男は赤い小さな石をどこからか取り出し、飛影に見せた。


あの石は子供の頃拾ったのを捨てられず、今ではお守り代わりに大事にしているとから

聞いていたものだ。赤い石の欠片は自分の意志を持っているかのように男の手から離れて、

の額に埋め込まれた。


「キサマ!!何をするっっ!!!」

様はこの石によって花嫁候補として選ばれたのです!!」


以前飛影がここに来た時、後継者の素質を持つ者が現れたと判断され、花嫁候補の準備を始めた。

真の花嫁は赤い石によって守られる。それを証明する為にトラックで彼女を狙ったというのだ。


「まさかあの時様を助けたのが飛影様だとは思いもしませんでした。あまりにも妖力が
 違いすぎていましたので。」


記憶を取り戻す前のあの時は殆ど妖力を失っていたから、分からなかったのであろう。

飛影は苦々しい思いで、言った。


とは別の結婚相手を探せば、問題ないのでは?」

「赤い石が納得すれば問題ありません。しかし・・・」

「・・・何だ?」

「その場合、様の命は絶たれる事になります。」

「何ぃ?!キサマ!どういう事だ!!」

「わたくしが決めた事ではありません。そういう運命になるのです。」

「クソッッ・・・」

「婚儀の適する日までにはまだ一ヶ月もあります。どうされるかは、よくお考え下さい。」


男は含み笑いをするとを抱き上げ何処かに連れて行こうとした。


「キサマ!!を何処に連れて行く!」

「人間界の家にお戻しします。まだ解読が全て終わった訳ではありませんので。」

「それなら俺が連れて帰る!」

様は”まだ”人間です。結界なしで魔界にいればどうなるかはおわかりですね?
 御心配なく、わたくしが責任を持って送り届けます。何と言っても花嫁候補なのですから。」


男はそう言い残し、霧と共に姿を消した。






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