雨 音 1 (作・むくむく)




「また、雨か・・・。」

魔界はちょうど雨期に入り、毎日のように雨が降り続いている。

飛影は寝床から這い出し、上半身の服を脱ぎ捨て外へと出ていった。

頭から雨のシャワーを浴び、寝起きで少し火照った身体を洗い流した。

毎日降り続く雨にうんざりはしていたが、雨は嫌いではなかった。

雨は、彼自身に付いた穢れた血の臭いを洗い流してくれるような気がした。

飛影は濡れた身体をタオルで拭うと、洗い立ての服を身に付け、窓から外の天気を

確認するように覗くと、黒い上着を羽織った。雨で濡れる事など気にもしない彼だが、

ビショ濡れだと久々に会うにさすがに悪いと思ったからだ。

の家に向かう途中、花が目に入った。小さな花弁がいくつも集まり、丸い形をした花。

妙に雨に似合うように思えた。一輪ちぎってに持って行ってやろうとしたが、

以前彼女が言っていた事を思い出した。

  「紫陽花・・・花言葉は『移り気』 『無情』なの。」

花言葉など気にもしない飛影だが、取りあえずやめる事にした。




雨の中を一気に駆けていった飛影は、の家の前にいた。黙って他人の家に入るのは

マナー違反だと何度もに教えられたせいか、取りあえず飛影はドアをノックした。

これは以前の彼からは想像できない事だった。しかし、ドアの向こうからは返事が無かった

ため、以前の彼らしく窓から部屋に入っていった。

部屋の中は人影が無かったが、その替わり掛け布団が少し膨らみ、僅かに上下に動いていた。

飛影は布団の膨らみをそっと覗き込んだ。

「やれやれ、まだ寝ているのか。」

布団の中にはぐっすりと眠っているの姿があった。

「約束の時間よりちょっと早かったかもしれんな。」

飛影はもう一度、ぐっすり眠っているの顔を見た。飛影が来た事にも全く気づく様子も

ない。

「疲れているのか。もう少し寝かせておくか。急いで出かける事もないからな。」

飛影は独り言を言いながら布団の側に座り、の寝顔を見つめていた。規則正しい寝息が、

少し開いた唇から聞こえてくる。薄桃色のふっくらした形の良い唇。急に愛おしく感じ、

飛影は顔を近づけもう少しで唇にふれると言うところで、彼女はうっすらと目を開けた。

飛影は素早く布団から離れて、何事もなかったかのような顔をしていた。



「飛影・・・?来てたの?オハヨウ。。。。」

「フン、何時まで寝ているつもりだ?」

「ゴメン。ちょっと、寝過ごしちゃった。それより、さっき何かしようとした?」

「何の事だ?」

「う〜ん。顔の当たりに何かの気配がしたよう気がしたから。」

「気のせいだ。」

「え〜〜?そうかなぁ?」

「夢でも見たんだろう。」

自分がしようとした事を悟られるのは気恥ずかしかったので、適当にはぐらかした。

「それより、夜までそうしているつもりか?出かける準備をしたらどうなんだ?」

「わかってるけど・・・飛影が居たんじゃ着替えられないじゃない。」

は恥ずかしそうに俯いた。

「俺は別にかまわんぞ?」

「飛影のエッチー!!!」

ニヤッとした飛影に向かって枕を投げつけたが、飛影はヒラリと身をひるがえし、さっき

入ってきた窓から出ていった。



雨は小降りになっていた。飛影は葉が覆い茂った木の下で待つ事にした。

雨が全ての音を吸収してしまうからなのか、他の音は何も聞こえない。心地よい雨の音色に

飛影は包まれていた。


「あいつと初めて出逢ったのもこんな雨の日だったな」

誰もいない雨の中を、は雨と踊るように歩いていた。おかしな奴だと思ったが、

軽やかな彼女の姿から目を離す事が出来なかった。それから間もなく二人はお互いにとって

大切な者となった。


木の葉の雫が飛影の鼻の頭に落ちると、飛影は現実に引き戻された。


それにしても、遅い。

たかが着替えるだけで、どうして女という奴はこんなに時間がかかるんだ。文句の一つも

言ってやろうと息巻いていると、やっと着替えをすませたが外に出てきた。

(遅い!一体何時まで待たせるつもりだ?!)

そう言おうと口を開けたが、言葉が出て来なかった。

は白いワンピースを着て、童話に出てくる妖精のように可憐な姿で立っていたからだ。

飛影は頬が赤らむのを隠しながら、自分の着ていた黒い上着をに掛けてやった。


「・・え・・?」

「フン、白い服が汚れるからな。」

「・・・飛影・・・」

「行くぞ。」

「はい。」

雨音が二人を優しく包んでいった。









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