冬のある日3 (作・みなわさん)




飛影が出ていった後、残った鍋焼きうどんを眺めながら、は、
「…飛影のばか」
と、呟いた。
 なにも、贅沢なものを望んだわけじゃない。ただ、二人で同じ思い出を分かち合いた
かっただけだ。
 くやしくて、涙が出た。涙を見て、悲しくなった。
 大粒の涙が幾つも幾つも、の頬を伝って落ちた。
 コタツにもぐり込んでひとしきり泣くと、もやもやしていた気持ちはすっきりとした。
 そして、そのまま、はぐっすりと眠り込んでしまった、自分の分の鍋焼きうどん
をコンロに掛けていたことを、すっかり忘れて…。

 飛影は、走りながら考えていた。
 そういえば、知り合って一年にもなるのに、あいつをどこへも連れて行ってやってい
ない。
 俺は、魔界と人間界を行き来することに忙しい。
 魔界にいれば、時々おもしろいことにも巡り会う。
 あいつはどうだろう?
 人間界と言うところは、刺激に乏しい…。(そう思うのは、たぶん飛影だけだろう) 
 そのせいで、人間どもはやれ合コンだ、ナンパだと小さな事で浮かれている。
 くだらん!
 駅前のショッピングセンターを通り過ぎようとして、飛影は、ふと足を止めた。
 ……蛍子?
 ビルの一階にある店の前で、何やら熱心にのぞき込んでいる。
 『スターツーリスト』何だそれは…?
 飛影は蛍子の真後ろに立った。
「きゃ!」
 とんでもない声を上げて蛍子が振り向いた。
「飛影さん!びっくりさせないで!」
「気配を消していたのに、なぜ気づいた?」
「バカねえ、ガラスに映ったからに決まってるでしょう」
「……」
 蛍子は笑って、向きを変えると、またもとのように熱心に店の外のパンフレットをのぞき込んだ。
「何をしているんだ?」
「飛影さん、幽助に内緒にしておいてくれる?」
「ふん!俺を誰だと思っているんだ?」
 確かに、無駄話をする飛影など、蛍子には思い描けない。
 しかし、何の悪気がなくとも、人間の常識外に住んでいる男でもある。
 そういえば遠い昔、飛影は自分を殺そうとしたことがあった…。
 まあ、今となれば笑い話だけれど…。
 蛍子はため息をついた。
「ほんとうに言わないでね。実は結婚記念日に、旅行に行こうと思って。私が貯めたお金で行ける
場所を探しているの」
 蛍子は、日帰りだとか、一泊二日だとかいう慎ましい旅行プランのパンフレットを飛影に見せた。
「記念日に旅行などに行って楽しいのか?」
「旅行が楽しいんじゃないわ。記念の日に幽助と二人で行くことが楽しいのよ。その日があったから
今の私たちがあるんでしょ。その日からまた明日の私たちが始まるのよ」
 ………その日があったから、今日がある。
 飛影は、つられるように手を伸ばし、一枚のパンフレットを手に取った。
『◯◯温泉、ゆけむりツアー』
 暖かそうだった。芯からぽかぽか温まるだろう。
 これくらいのことでが喜んでくれるなら…。
「私、幽助と結婚して幸せだけど、この幸せがいつまで続くかは分からないでしょ?」
「………どういう事だ?」
「だって、結婚する前でも、幽助は危険なことをいっぱいしていたわ。私、心配で心配で何度も死に
そうになったわ」
 確かに、と飛影は思った。
 幽助は(飛影自身もだが、そのことはきれいに忘れている)これまで何度も危険な目に遭っている。
そういえば、一度は殺された事もあった。蛍子も巻き添えになって殺されそうに…そこまで考えて、
飛影は慌てて視線をそらせた。殺そうとしたのは俺だった!
「どうしたのよ?目が泳いでるわ?」
「な、何でもない!」
 なるほど、これからも蛍子は危険と隣り合わせに生きていくのだ。
 だが、彼女が最も恐れていることは、その危険の中で幽助を失うことではないだろうか?
 飛影は、彼女が記念日だとか、想い出だとかに執着する気持ちが少し分かったような気がした。
 人間はか弱い。
 だって、いつ壊れてしまうか分かったもんじゃない。
 この間だって、階段を転がり落ちていた。俺がいなければ、あの時死んでいたかも知れない。
 道を歩いていても、無謀な車が突っ込んでくることもある。
 知らない人間に、殺されることさえあるのだ。
 背後の道を、消防車のけたたましいサイレンが行きすぎた、何台も、何台も。
  飛影は、次々とパンフレットを手に取りながら、無意識に背後のサイレンを聞いていた。
 そうだ!には、俺がいてやらなければ!
 飛影は、パンフレットをはんてんのポケットに押し込み、胸を張った。
 その時、また一台の消防車がひときわ大きなサイレンを鳴らしながら、飛影の背後を走り抜けていっ
た。
飛影の胸に不吉な予感が湧き起こった。









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