冬のある日4 (作・みなわさん)
飛影が、サイレンに気をとられていたわずかな隙に、ショーウインドウのガラスを何かがかすめ過ぎ た! 飛影が蛍子を抱き上げ飛び退くのと、蛍子が立っていた場所に火の玉が落ちたのは、ほぼ同時だ った。 「きゃー!」 蛍子が悲鳴を上げ、周りにいた何人もの人々が、叫びながら逃げまどった。 「黙れ!」 飛影は低い声でそう言うと、蛍子を抱えたまま、いま来た道を走った。 出来るだけ人がいない場所へ! のいる場所から離れたところへ! 飛影はそう思った。 さっきの火の玉は、まちがいなく蛍子を狙ったものだった。蛍子が狙われる理由は、幽助に決まって いる。あいつはまた何か危険なことに鼻を突っ込んだのだろう。 蛍子がこんな目にあうと言うことは、だって、俺と一緒にいると言うだけで危険な目にあうかもしれ ない。 「くそっ!」 人通りが絶えた。 飛影は、今頃になって幽助があんな人通りのない場所で屋台を開けていたわけに、思い当たった。 たぶん、人間を巻き添えにせず戦える場所を探していたのだろう。 後方から、大きな妖気が追ってくる。殺気に満ちた荒ぶる妖気だったが、飛影は鼻先で笑った。 蛍子を安全な場所に逃がせれば、ひとひねりだ。 安全な場所…………幽助のところだ。 久し振りに妖気の欠片を使って、戦ってやろう。退屈しのぎには物足りないが。 前方から、幽助の妖気がした。 「オイ、これ…」 蛍子を渡そうとした瞬間、幽助が追ってきた妖怪を殴り倒した。 「なにをする!そいつは俺が!」 「へっ!すまねえな。ちょっくらそこで蛍子を見ててくれるとありがたいんだがな」 「誰が!?」 「お前が!それくらいのことはしても罰は当たらないだろう?昔の借りを返してもらうぜ」 「………う!」 飛影は、目の前で抑えた妖気のまま戦う幽助を、にらみつけていた。 闘いはあっけなく終わり、幽助は飛影の手から蛍子を受け取った。 「変なところを触られなかっただろうな?」 「きさま〜!」 「幽助ったら!」 蛍子の剣幕に、幽助がひるんだ。 「じょ、冗談だよ!」 「飛影さんがいなかったら、私殺されていたかも知れないのよ!幽助のバカ!!」 「わかった、謝るから、もう泣くな!」 痴話げんかを見ていた飛影は、黙ってきびすを返した。 「おい、起きろ!せっかくの鍋焼きうどんが黒こげだぞ!」 飛影に揺り起こされて、は目を覚ました。何か焦げ臭い匂いが漂っていた。 「か、火事!?」 「近くの工事現場で爆発事故があったみたいだ」 駅前の「スターツーリスト」の前に飛んできた火の玉は、その爆発のせいにされているらしい。 「けが人は?」 「火災だけで、けが人は出なかったらしい」 「よかった!」 「何がよかっただ!?俺が帰ってこなければ、焼け死んでいたところだぞ!」 「心配してくれたの、飛影?」 は、飛影が自分を心配してくれたことだけでもういいと思った。 旅行に行けなくても、アクセサリーの一つも買ってもらえなくても、自分のことを心から心配してくれ る人がいるなら…。 飛影がの鼻先に何かをつっけんどんに突きつけた。 「何、これ?」 それは、一泊二日の温泉旅行のパンフレットだった。 「飛影、ホントにいいの?この旅館有名だから高かったんでしょ?」 「ふん、俺を誰だと思っているんだ!黙ってついてこい!」 温泉旅館の露天風呂に続く、迷路のような長い廊下を、飛影はさっさと歩きだした。 「待って、飛影。迷子になりそうよ!」 の声にも振り返らずに、飛影はさっさと歩いていった。 今夜は、同じ部屋に泊まるのだ。さっき、ぴったりとくっつけた布団が敷いてあるのを見た飛影は、 赤くなったうなじなどに見られたくなかった。 ここの温泉は家族風呂で混浴だった。 どこかの家族が入っている間は、他の誰も入ってこない。と言うことは…。 飛影は、さっさと服を脱ぐと、ゆけむりに曇った露天風呂へと足を入れた。 少し熱めのお湯は、冷えた身体に心地良い。 は何をしているのだろう? きっと恥ずかしがって、脱衣所でぐずぐずしているのだろう。 身体がほこほこと温まり、顔に吹き付ける風がほてった頬を冷やしてくれる。 飛影は、う〜んと湯の中で伸びをした。 背後に、ためらいがちに湯に入ってくる気配がした。 飛影はそっと手をさしのべた。 「お忙しいのにごめんなさいね」 結局、飛影に置き去りにされたは、道に迷ってしまった。 縦横にのびる渡り廊下の真ん中あたりでぽつんと立っていた彼女を、若女将が露天風呂まで案内 してくれているのだ。 「かまいませんよ。お客様はよく迷子になられるんです。遠くてご不便をおかけして申し訳ございませ ん」 廊下の突き当たりには、この温泉の名物「サルの入る温泉」のポスターなどが貼ってあって、なかな か楽しい道のりだった。 飛影は待ちくたびれているだろうか? 部屋に敷かれた布団にちょっと赤くなった飛影が、かわいかったなとは思った。 「帰り道を覚えていられるかしら?」 「廊下の手すりに小さな矢印がございますから、それを目印になさってくださいませ。少し小さい印です ので、時々、間違えてサルの温泉に浸かられる方がいましてね。困りものです」 若女将はほほほと笑った。 廊下の向こうにゆけむりが見えてきた。 「ここがサルの温泉ですの」 女将の声が終わる前に、 「ぎゃー!」 と言う声がした。 「飛影!?」 「▲◇※★□●×!!」 ここって、サルの温泉!? は吹き出した。 もちろん、その時が想像したことは、大部分がまとを得ていた。 −end− ★ 安奈さんの第4話へ ★ ★ みなわさんの第4話へ ★ ★ むくむくの第4話へ ★ 企画室へ戻る |